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第八話 うたかたの夢


柳の影が揺れる裏道を、六人の影が静かに進んでいた。

左膳は壺を抱え、軽い足取りのまま先導する。が、どこかふらついて見える。


「さっきから様子が変ですよ?」

三蔵がそっと声をかけた。


「なにがだ?」

「……歩き方。少し酔っ払ってるみたい」


「酒はまだ飲んでねえよ」

左膳は自嘲気味に笑ったが、その笑みは長くは続かなかった。


ふと、道端の灯籠の光が、左膳の瞳を照らした。

その瞬間――。


「……あ?」


視界が歪む。

路地裏の壁が、まるで水面のように波打ち始めた。


「お、おい……?」

振り返れば、三蔵とちょび安の姿が揺れて見えた。

いや、あれは――。


「あいつは……?」

左膳の口から漏れたその名に、三蔵が目を見開いた。


「どうしました?」


「栄三郎だったか……」


左膳の視線の先に、誰もいない。


しかし、彼には確かに見えていた。

二刀を同情から奪った際、斬り捨てた男。


手にした壺が再び、脈打つ。

脳裏に、過去の断片が焼き付くように蘇る。


夕暮れの坂道。

仄暗い茶屋の裏手。

血の匂いとともに消えた、あの男の顔。


「……ふざけんなよ」

左膳は壺を見下ろし、苦い顔をする。


「ただの壺じゃねえみたいだな……」

三蔵がそっと左膳に近づいた。


「大丈夫ですか?代わりに持ちましょうか?」


「冗談じゃねえ」

左膳は即座に拒絶する。


「この壺は、金になるんだ。……誰にも渡さねえ」


「そのために、おかしくなっても?」

三蔵のまっすぐな言葉に、左膳が言い淀んだ。

その瞬間、再び幻が視界を包む。


――左膳。斬るのだ。


目の前に現れたのは、もう一人の自分だった。

顔は同じ、服も同じ。ただ、瞳だけが違った。


「……誰だ、てめえ」



「すべてを斬るのだ。乾雲は血を欲しておるぞ」


「うるせえ……!」

左膳は一歩後退し、頭を振る。


「しっかりしてください、左膳さん!」


その声に、ほんの少しだけ現実が戻ってくる。

左膳は息を整え、額に浮かんだ汗を拭った。


「ちっ……夢か幻か知らねえが、舐めた真似をしやがる」


そのときだった。


ずしん――と、足元が微かに揺れた。

まるで地の底から、何かが蠢いているような……そんな感覚。


「今の、地震?」

ちょび安が怯えた声を上げる。

左膳は顔を上げ、ぽつりと呟いた。


「揺れてやがる!」


遠くで、クラマの叫び声が響いた。


「左膳!」


だがその声も、すぐに霞んでいった。

左膳の背に、静かに壺の光が滲み始めていた――。


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