第七話 封印の壺
江戸の裏路地――。
左膳は灯りの乏しい小道を軽やかに歩いていた。夜風にさらされる壺を片手に、顔にはうっすらと笑みを浮かべている。
「へへ、ようやくお宝にありつけたってわけかい……」
その後ろを、三蔵とちょび安が慎重に付いていた。
「ねえ、本当にお父とお母の行方、知ってるの?」
ちょび安の問いに、左膳は振り返らず答えた。
「ま、会えるかどうかはわからねえな」
「嘘はだめですよ?」
三蔵がぼそりとつぶやくと、左膳がくるりと振り返った。
「ん? だったら帰るか?」
「ついていきますよ。人質なので」
「おかしな女もいたもんだな」
そのやり取りを後目に、暗がりの向こうから黒装束の影が音もなく現れた。
「……左膳殿、よくぞ壺を」
凛とした声。小柄ながら鋭い気配を放つ人物が現れる。
「ほう、柳生からの……じゃなさそうだな?」
左膳は軽く肩をすくめた。
「それは“柳生の埋蔵金”にあらず。“封の壺”である。我らに渡していただきたい」
「だったら100万両もらおうか?」
「それは出来ぬ」
「へっ、金になるかどうかもわからねえ“封印”なんざ、知ったこっちゃねえなあ」
左膳は壺を高く掲げ、続けた。
「この壺、今割ったらどうなる? 封印が解けるか、それとも何も起きねえか……やってみるか?」
使者の瞳が細くなる。
「それを割れば、夢が漏れる。世界が侵されるぞ」
「あら大変」
「夢ぇ? なに言ってやがる……って、ん?」
ふと、左膳の手の中の壺がかすかに脈打った。
それはまるで、生きているかのように――温かかった。
「これ、マジでやべえ代物か?」
不意に現れた気配に、左膳の背筋がぞわりとした。
「おい、丹下!」
クラマの声が闇に響く。
屋根の上から彼が舞い降り、ショウタが続いた。
『やっぱりこっちだったか』
悟空が言い、ショウタが三蔵を見てほっと息をつく。
「無事かい?」
「まだ無事です」
三蔵が笑う。左膳は呆れたように舌を鳴らす。
「……どいつもこいつも、気楽なこった。さあて、この壺……どうすっかな」
壺の内側で、何かがうごめいた気がした。
「丹下左膳」
クラマが真っ直ぐに言う。
「その壺はいわくつきなんだ。未熟な者の精神を侵すぞ」
「聞いてた話とずいぶん違うな。いわくをつけりゃ、何でも片付くと思うなよ」
そう言い放った左膳の瞳に、一瞬、怪しい光が宿った。
クラマが思わず目を細める。
(ん? 今のは何だ?)
左膳は頭を振ると、舌打ちして壺を懐にしまった。
「とにかく、話はあとだ。柳生のボンボンのとこに届けたら、後はどうにでもならあな。ついて来るなら勝手にしな」
そう言い残して、左膳は路地を進んでいった。
三蔵とちょび安もそれに続く。
悟空たちも、無言で後を追った。
黒装束の使者は、誰にも気づかれぬよう屋根の上に飛び去っていく。
その足元に、砕けた瓦礫のすき間から、ほんのりと青白い煙が立ち昇っていた。