第五話 猿への依頼
悟空たちは、蒲生泰軒に連れられ、江戸城奥の一室へと通された。
広くも派手でもないが、そこには異様な威圧感が漂っていた。
白装束の武士が控える中、正面に座すのは大岡越前守忠相。
年のころは四十半ば、端正な顔立ちに鋭い眼差し。その威厳に、さしもの三蔵も一歩退いた。
「そなたら、猿に見覚えはあるか?」
越前の問いに、クラマがちらりとショウタを見やる。
「見てません」
「寺で少々騒ぎがありましたが、被害は出ておりませぬ」
「ふむ。寺の件はすでに報告を受けておる。だが……江戸の町に現れたという、奇妙な猿の話も入ってきてな」
越前はショウタをじっと見据えた。
ショウタは視線をそらし、口をつぐむ。
「僕は違――」
『何のことかわかりませんねえ』
悟空が口をはさんだ。
「……正体は問わぬ。だが、その代わりに一つ、頼みを聞いてもらいたい」
越前が静かに告げる。
「柳生家より、ある貴重な品が盗まれた。“こけざるの壺”と呼ばれるものだ」
「それって……」
クラマが目を細める。
「今、盗賊団の残党が所持しているとの報がある。追跡には時間がかかるが……そなたらの働きを見込んで、預けてみようと思うた」
『つまり、黙っててやるから、壺を取り返してこいってことか』
悟空があけすけに言うと、蒲生が咳払いした。
「お主らが悪事に手を染めたとは思っておらぬ。ただ……猿というのは、少々立場が厄介でな」
「わかってるますよ……」
ショウタがぽつりと答えた。
『まあ、任せときな。』
悟空がショウタの胸を叩く。
越前はゆっくりとうなずいた。
「承知した。では、案内をつけよう。泰軒よ」
「壺はおそらく左膳が持っておるだろう。やつに接触をするつもりじゃ」
「うむ、ゆくがよい」
越前の許可を得て、ショウタ以外が頭を下げた。
「やべっ……」
皆が動き出したあとで、ショウタが慌てて小さく頭を下げる。
「何やってるんですか?」
くすりと笑った三蔵ちゃんの顔は、月の光のように美しかった。
ショウタはふと見惚れてしまい、言葉を忘れた。