第四話 百万両の壺
左膳は、古びた畳に寝転がっていた。
無精髭を撫でながら、ふてくされたように天井を睨んでいた。
ここはお藤の家。
かつて命を救った縁で、今は転がり込むように居候している。
もっとも、居心地が良いわけではない。無言の圧が日に日に強まっているのを、左膳自身が一番わかっていた。
「……ったく、二刀の取引先が潰れちまうとはな」
左膳はうめくように呟く。
乾雲、坤竜――名刀として知られた双つの刃。
旗本の注文を受けて、左膳が道場から盗み出したものである。
しかしその取引相手は、猿めいた怪しい男と、クラマによってあっけなく潰された。
結局金も得られず、使い道のない刀が残っただけ……。
「あたしはようござんすよ、左膳さまがご無事であれば」
「そうはいってもなあ」
そのとき、戸が勢いよく開かれた。
「おーいお侍さん!」
鼻垂れの少年――ちょび安が、泥だらけの足で駆け込んできた。
「なんだ、おまえか。畳が汚れる」
「見てくださいよ、これ! 百万両の壺!」
そう言って、ちょび安は大きな壺を掲げてみせた。
左膳は起き上がり、半眼でそれを見た。
「なんだ、ただの土産物じゃねえか」
「ちがいますって! 与吉のあんちゃんが言ってたんだよ、 この壺に柳生の埋蔵金の秘密があるって!」
その名を聞いて、左膳の目がわずかに細まった。
「柳生……。懐かしいな」
左膳の脳裏に、かつての知り合い――柳生源三郎の顔が浮かぶ。
そのとき、戸口に新たな影が差した。
「おい、ちょび安! また勝手なことを……!」
荒い息をつきながら入ってきたのは、与吉。左膳の仲間で、裏稼業の盗人である。
「こりゃ失礼、左膳のダンナ……。その壺、ちょっとした曰く付きでしてね」
「聞こうじゃねえか」
左膳が腰を上げ、壺に目をやる。
「旦那、そいつは見かけによらず、とんでもねえ代物ですぜ。 見えますかい、ほら、底のところ……」
与吉が壺の底を指し示す。
確かに、うっすらと何かが刻まれていた。
「埋蔵金の在り処が記されてるって話で……。
どうやら、柳生家が幕末に隠したっていう金の一部らしいんですがね」
「ほう……」
左膳は壺を手に取り、まじまじと見つめた。
その様子を見ていたお藤が、ようやく重い腰を上げ、口を開いた。
「ねえ、左膳さん。たしかお知り合いに柳生のお侍さんがいたわよねえ」
「わかってらあ、これは使えるかもしれねえな」
左膳は黙ったまま、壺を見つめ続ける。
そのとき、戸が再び叩かれた。
壺を探していた別の一団――悟空たちが、すぐそこまで迫っていた。