第十九話 そしてはじまりへ
「……退屈なんですよ」
三蔵ちゃんの吐き出した言葉が、江戸の喧騒をすっかり掻き消した。
行き交う町人のざわめきも、行商の声も、まるで水に沈めた墨のように滲み、音が消えていく。
悟空は腕を組み、大げさにあくびをひとつ。
「飽きたか、贅沢な娘だな」
三蔵ちゃんは頬をふくらませ、視線を逸らした。その頬をかすめる夕陽も、まるで霧に溶けるように色を失っていく。
――ざらり。
空気が震え、墨を垂らしたような闇が町を覆った。
その中心から、長い鼻と黒い毛並みを持つ獣が姿を現す。巨大な影は煙のように揺らぎ、瞳だけがぎらぎらと光っていた。
「……おい、終わらせるには早すぎるぞ」
低く響く声には、どこか切羽詰まった焦りが混じっている。
「ここで幕を閉じられちゃ困る。まだ全然味がしねえ」
悟空はにやりと口角を吊り上げる。
「なるほどな。そういう腹か。……じゃあ舞台を変えるか?」
だが三蔵ちゃんは、ぶんぶんと首を横に振った。
「嫌です。時代劇好きなんで」
悟空は片眉を上げ、肩をすくめる。
「じゃあ……知り合いでも呼び出してみろ。退屈もまぎれるかもしれねえ」
三蔵ちゃんは顎に指を当て、考え込む仕草を見せた。
やがて、ぱんと手を打つ。
「そうねえ……」
「……三蔵ちゃんみたいな人、僕は知らないよ」
思わずショウタは言う。
ショウタのクラスには、白銀の少女などいないはずだった。ショウタの通っている高校はただの公立高校なので、髪を派手に染めることはできない。
頭の奥で、悟空が鼻で笑った。
『俺に言われてもな』
ため息まじりのやり取りだけが、その場に残っていた。
次の更新ですが、明後日以降になると思います。
すいません。