第十七話 夢への招待
横浜へ向かう途中、声には出さず悟空とショウタは話していた。
『……聞いてるか、ショウタ。さっきの夢の話だけどな』
「うん」
『ちょっと長い話になるが気楽に聞いてくれよ』
花果山に帰ってきてしばらく経ったある日のことだった。
天竺への旅を終え、久方ぶりに静けさを取り戻した山で、悟空は久しく味わっていなかった退屈さを抱えていた。
海から吹きつける潮風が、毛を揺らした。鳥の声が遠のいていく中、悟空は石の巌に腰を下ろし、ふと空を仰いだ。
「戦も旅も終わっちまうと……どうにも間が抜けた気分だな」
その時だ。突如、周囲が墨を流したように暗闇へと沈んでいった。
闇の中から、ずるりと地を擦る音が近づく。
鼻腔を突いたのは、甘ったるい夢の匂いと、血のような鉄臭さ。
姿を現したのは、長い鼻と垂れ下がる耳を持つ異形の獣――獏だった。
「お主に用があってな、斉天大聖、いや闘神勝仏だったか」
低く湿った声が闇を這う。
「大した妖怪でもないくせによく知ってんな」
その傍らには、まだ幼さの残る少女が横たわっていた。深い眠りに沈み、胸の上下だけがかろうじて生の証を示している。
幼さを残した顔立ちはどこか気品を帯びており、伏せられた睫毛の影が白い頬を横切っていた。
まるで夢そのものが少女の形を借りて現れているかのように見えた。
「この娘と契りを交したのだ。夢の中で彼女を満足させてやれば、わしが夢を喰らう契約だ。なに、現実には何の影響も及ぼさぬ。退屈しのぎに一時手を貸してくれぬか」
表向きは穏やかな申し出。しかし、鼻先をかすめる臭いはどこか胡散臭く、裏に別の腹があることを悟空は嗅ぎ取っていた。
だが、悟空は肩を竦める。
「ふん……きな臭え話だが、退屈しのぎにはちょうどいいか」
そうして、少女と獏と、そして悟空の奇妙な旅路が始まったのだった。