第十六話 託された仮面
屋敷が消え、風が通り抜ける荒れ地に三人は立っていた。
あの異様な冷気も、太鼓の音も、もうどこにもない。
ただ、夕暮れの光が静かに差し込んでいる。
鞍馬天狗はクラマの前に歩み寄ると、懐から一つの面を取り出した。
それは彼がつけていた天狗の面と同じ形をしている。
ただ、光を受けた木肌が淡く輝き、手にした瞬間に体温が移るような、奇妙な温もりがあった。
「――今のお主になら、この面を渡すことができる」
低い声に、クラマはわずかに目を見開いた。
面を受け取った瞬間、胸の奥にひやりとした感覚が走る。
それは恐怖ではなく、直感だった。
――この人は、自分と同じだ。
鞍馬天狗は面を渡すと、軽く頷いた。
「手伝ってくれて、ありがとう。また会うこともあるでしょう」
そして、面の奥の口元が、わずかに笑ったように見えた。
「……ごきげんよう」
次の瞬間、彼の全身が白い煙に包まれた。
煙は風に乗って流れ、形を保たぬまま空へ溶けていく。
その中からの足音も、衣擦れも、もう聞こえなかった。
クラマはしばらく、その場で煙が消えた空間を見つめていた。
やがて面をそっと懐に収め、夕日を背に歩き出す。
「あのー、私忘れられてません?」
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場所は変わり、奉行所の一室。
卓の中央には碁盤が据えられ、黒白の石が静かに並んでいる。
越前と蒲生泰軒は向かい合い、盤面を睨みながら手を進めていた。
石が盤に置かれるたび、部屋に小さな音が響く。
泰軒がおずおずと口を開く。
「……クラマたちが何者かに狙われておる。しかも偽物まで現れる始末じゃ」
越前は碁石を一つ指でつまみ、盤上に置くと、静かに頷いた。
「百万両の壺の件といい、何かきな臭い動きがあるようだな」
泰軒も石を打ち返し、越前の目を見据える。
「検討はついておるんじゃろ?」
短い沈黙ののち、越前は低く答えた。
「……おそらく、ヤコブ商会が絡んでいる」
その名を口にした瞬間、室内の空気がわずかに冷えたように感じられた。
障子の外で、風が庭木を揺らす音がした。