第十五話 天狗は問う
朽ち果てた門をくぐると、空気が一変した。
日差しは遮られ、屋敷の中は昼だというのに薄暗い。
廊下の板は軋みもせず、踏みしめても足音は奇妙に吸い込まれていく。
奥の方から、ドン……ドン……と鈍い太鼓の音が響いてきた。
三蔵ちゃんは周囲をきょろきょろと見回し、囁く。
「嫌な感じですね……」
クラマは黙って刀の柄に手をかけ、先頭の鞍馬天狗の背を追った。
――ガシャッ。
突如、襖が破られ、鬼の面を被った黒装束が飛び出す。
赤く塗られた瞳孔がぎょろりと動き、クラマに向けられた。
「来るぞ!」
クラマが抜刀するより早く、天狗の面が閃く。
黒い袖が翻り、一人目の喉元に刃が走った。
すかさずクラマも踏み込み、二人目の胴を薙ぐ。
しかし、倒したはずの鬼面は影となって床に溶け、次の瞬間、別の場所から現れる。
数は減らず、むしろ増えているようにさえ感じられた。
その混乱の中、鞍馬天狗の低い声が響く。
「何のために、剣を振るう?」
問いの意味を測りかね、クラマは答えず、迫る鬼面を斬り伏せる。
血の感触はない。斬っても斬っても、霧のように消えるだけだ。
「己のためか、他人のためか」
再び、天狗が問いかける。
その声音は戦場の喧騒とは無縁の、静けさを湛えていた。
刃を振るいながら、クラマの脳裏に過去の光景がよぎる。
必死に守った者たちの笑顔。
救えなかった命。
そして、この国を覆う闇。
――何のために戦うのか。
息を吐き、刀を握り直す。
正面から迫る鬼面に向け、言葉を吐き出した。
「……人を助けるため。そして――国を守るためだ!」
その瞬間、鬼面たちの動きがぴたりと止まった。
面の奥の赤い瞳が細まり、やがて全てが霧となって消えていく。
気が付けば、太鼓の音も止んでいた。
振り返ると、屋敷は跡形もなく消え、ただ風が吹き抜けているだけだった。
鞍馬天狗は静かに頷き、短く言った。
「その答え、忘れぬように」