第十四話 クラマと天狗
白い靄が視界を覆い、世界の輪郭が溶けていく。
路地の石畳も、迫る敵の影も、すべて霞の中に混ざっていった。
――何だ、この煙は。左膳の時と同じ……?
警戒を強めた瞬間、靄の奥から、金属の鳴る音と人の呻き声が連続して響いた。
次いで、黒い影が煙を裂くように飛び出してくる。
黒地の着物に身を包み、長身の体躯。
顔の上半分を覆う、鋭い嘴のような天狗の面――その男は、迷いなく敵の懐に踏み込み、鋭い斬撃と体捌きで次々と蹴散らしていった。
刀が閃くたび、靄の中で敵の姿が消える。
呆気に取られていたクラマも、背後から迫った一人を叩き伏せる。
目が合う。面の下の瞳が、鋭くも静かに光っていた。
「助かりました。あなたは……?」
刀を下ろしたその人物は、短く名乗った。
「――鞍馬天狗と申します」
クラマは思わず笑う。
「そうですか。奇遇ですね。私もクラマといいます」
一瞬、天狗の面越しに視線が交わる。沈黙が、互いを測るように流れた。
鞍馬天狗はやがて刀を納め、視線を先の通りへと向ける。
「この先に“化け物屋敷”と呼ばれる場所がありましてな。妖怪退治を頼まれております」
「妖怪退治……」クラマは眉をひそめる。
鞍馬天狗は、続ける代わりにわずかに肩をすくめた。
「詳しい話は、歩きながら。もしよければ――同行していただけませんか?」
その時、クラマの背後から軽やかな足音。
「幽霊屋敷って、本当に幽霊が出るんですか?」
三蔵ちゃんが首をかしげる。
鞍馬天狗は面の奥で口元を緩めたように見えた。
「さて……幽霊か妖か、それとも人の仕業か。行ってみればわかるでしょう」
「面白そう!」と笑う三蔵ちゃんに、クラマは小さくため息をつく。
しかし、不思議なことに、自分もその屋敷を確かめたくなっていた。
「……わかりました」
短く答えると、鞍馬天狗は満足げに頷いた。
三人は並んで歩き出す。
霧の向こうに遠く、夕闇に溶けるように、歪んだ屋敷の影が浮かび上がっていた。
今更だけどタイトルに西遊後記とか悟空とか入ってるのに悟空の活躍がほぼないことに気づきました。
まあ生温かく見守っててくだせえ。