第十三話 夕暮れの逃避行
夕暮れの横浜郊外。
古びた屋敷街を抜け、細い路地をひた走るクラマの呼吸は荒い。
背後から迫る足音は、何度角を曲がっても消えない。むしろ数が増えている。
「くそっ……どこから湧いてくる!」
壁を蹴って塀を飛び越える。屋根瓦の上を駆け、再び地面に降り立ったその時――
「クラマ!」
耳慣れた声が響き、振り返ると、あの白銀の髪が目に飛び込んできた。
「三蔵ちゃん!? なぜここに……!」
「心配だったので」
「危ないから来るな!」
思わず語気が強くなる。追手は武器を持った本気の殺し屋だ。少女の遊びではない。
「私強いので」
あっさりと言い切ると、三蔵ちゃんは笑って肩をすくめた。
クラマは舌打ちし、再び走り出す。屋根から屋根へ、塀を蹴って跳び移る。
しかし次の瞬間、横目に見えたのは、同じ高さで並走している三蔵ちゃんの姿だった。
「……なぜそこまでしてついてくる?」
問いかけても、彼女はにやりと笑うだけ。答える気はないらしい。
その時、前方から三人の影が飛び出してきた。
クラマは腰の刀に手をかける――が、それより早く三蔵ちゃんが前に出る。
すっと構えたかと思えば、流れるような足さばきで敵の懐に入り込み、肘で鳩尾を打ち、足を払う。
さらに背後から斬りかかってきた相手を半身でかわし、逆に袖を掴んで地面に叩きつけた。
――強い。
目の前の光景に、クラマは一瞬だけ動きを止めてしまう。
この少女がこれほどの身のこなしを持っていたとは。
「まだまだ来ますよ?」
警戒を促す声に我に返り、再び刀を抜く。だが敵は減るどころか、路地の奥から新手が次々と現れる。
足取りが重くなり、息も荒くなっていく。
その時――ふと、遠くから白いものが漂ってくるのが見えた。
「……煙?」
胸の奥にざらりとした感覚が走る。
これは、左膳と対峙した時にも……。
白い靄はじわじわと濃くなり、視界を侵食してくる。
三蔵ちゃんが何かを言いかけたが、その声は霞に飲まれ、音も形も溶けていく。
世界が、白く染まった。