第十一話 名を騙る者
夕暮れ時、横浜郊外にある古びた屋敷――
そこはクラマの拠点のひとつである。かつての寺を改築した場所で、今は最低限の寝所と鍛錬場を兼ねている。
お茶屋で左膳や泰軒と別れた後、江戸への道中にあるこの場所で一行は休息することにした。
クラマは梁にもたれて、縁側から空を見上げていた。
「……不吉な風だな」
そう呟くクラマに、屋内で団子をつついていたちょび安が顔を上げる。
「風にいいも悪いもあんのかな」
三蔵は静かに微笑みながら茶を啜る。
「そんなこと言ってると、本当になりますよ――」
その言葉を遮るように、外で鋭い叫び声が上がった。
「そこだ!囲めっ!」
「鞍馬を名乗る不届き者、奉行所の命により討ち取る!」
ショウタと三蔵が飛び起きるのと同時に、障子が激しく開かれる。複数の黒装束の男たちが、屋内へと雪崩れ込んできた。
「ほらね」
「チッ……!」
クラマは身を翻し、壁際の刀を掴む。
「いきなり何の話だ!」
「横浜で起きた辻斬り事件の犯人が、鞍馬と名乗ったときいておる」
「それだけで人の家を襲うのか? 貴様ら本当に奉行所の者か?」
「問答無用!」
一人、突っ込んできた男の木刀をいなし、裏拳を顎に叩き込む。男は声もなく崩れ落ちたが、次から次へと押し寄せる。
明らかに“クラマ”を狙っている。
奉行の者が刃を振り上げた瞬間、クラマの目が鋭く細まる。
「人の名を騙った上、殺しに来るとは――!」
その一声とともに、抜きざまの一撃が黒装束の男の腕を弾く。
その時、天井が大きく揺れた。
――火だ。
屋敷の屋根に火矢が撃ち込まれ、たちまち火が回り始める。
クラマは舌打ちし、ふたりに言い残す。
「ショウタ、三蔵ちゃん! ここは捨てる。俺は直接、横浜に行って確かめる!」
「え、ちょっ、待っ――!」
ショウタの言葉も聞かず、クラマは裏手の戸を蹴破って走り出していく。
三蔵は煙をかぶらないよう顔を袖で覆いながら、小さく呟いた。
「……本物の“天狗”が、試される時かもしれませんね」
ショウタは如意棒を掴み、火の中を走り、外に飛び出した。
「待ってよ、クラマさん! おれたちも行きます!」
「あんちゃんまってよ! 置いてかないで!」
ちょび安が叫びながらショウタを追いかけてくる。
「あ、ごめん! 大丈夫かい?」
「平気だよ」
周りを見渡すが、ちょび安以外の姿が見えない。
「あれ? 三蔵ちゃんはどこだ?」
「クラマの方を追いかけていったみたいだな。ま、あいつのことは心配しなくても大丈夫だ。俺たちも横浜に向かうぞ」
悟空に内心同意しながら、ショウタはこの状況に順応しつつある自分に驚いていた。
「なんで僕この状況についてこれてるんだ?」
『おいおい今更だな』
「あんちゃん、ひとり言多いね!」