第十話 くたびれもうけ
柳生邸にて。
家主である柳生源三郎と左膳が話していた。
だが、 左膳の顔には、もはやいつもの余裕も笑みもなかった。
「聞いたことねえけどなあ、百万両なんて」
「おい、ずいぶんと苦労して持ち帰ったんだぜ! 俺の偽物まででてきやがって、ただの壺ってことはねえだろうよ」
「確かに、この壺は最近盗まれたこけざるの壺にはちげえねえよ。でもなあ……なんの変哲もない壺だぜ? 」
「最初から100万両の遺産なぞ、なかったということか」
泰軒が笑う。
「ほう、それで……?」
左膳が腕を組む。
「で、いくら出すんだ? 」
「まあ、奮発して1両ってとこだな」
「ケッ、まあいいだろ」
左膳は不満げに吐き捨てた。
「おじちゃんはいいよな、オイラはついてきただけでくたびれ儲けだもんな」
ちょび安が口をはさむ。
「うるせえな 後で茶菓子でもおごってやるよ」
「ありがとな! これがなきゃ首が飛んでたかもしれねえ」
ほくほく顔で源三郎は壺を抱え、屋敷の奥へ引っ込んでいった。
「だったらもっと出しやがれってんだこのぼんくらが……」
「おじちゃん早く行こうぜ、団子が食いてえよ」
「……ケッ」
江戸への帰りの茶屋にて
「なんでおめえがいやがる?」
客として入った左膳たちを出迎えたのはお艶と栄三郎だった
「とある方に助けていただいたのだ。名を出すわけにはいかぬがな」
三蔵ちゃんの方を見る栄三郎。
「死に損なったか」
「そうだ。ところで――」
「刀なら返すぜ」
左膳は懐から、乾雲と坤竜――二本の刀を取り出した。
「まさかこちらから言う前に返すとは……どういう風の吹き回しだ?」
目を見開く栄三郎とお艶。
「もしや偽物ではないでしょうね?」
お艶は左膳をいぶかしんでにらみつける。
しばらく栄三郎は刀を見つめ、ゆっくりとうなずいた。
「どうやら本物のようだな」
「もう刀はこりごりだ。チョビ安、俺のおごりだ、食ってけ。釣りはやるよ」
「ちょっとおじちゃん!」
一両をおいて、振り返らず左膳は茶屋を後にした。
クラマは左膳を横目に見つつ、空を見上げた。
細い煙が、静かに西の空へと伸びていた。