毒の霧
苗の体調は日ごとに悪化していった。
ある日、熱に浮かされて横たわる彼女に、先生は必死に言葉をかけた。
「……少しでいい、休もう。もう花を咲かせなくてもいいから…。」
苗は弱々しく首を振る。両手を胸の前でそっと合わせる。
光がこぼれ、小さな花が咲き誇る。だが同時に、彼女の足先はじわじわと紫に侵され、痛みを堪えるように震えた。
「先生……平気だよ。ほら、花、綺麗でしょ……。」
笑顔を見せようとするが、その声はかすれていた。
先生は歯を食いしばり、ただ苗が咲かせた花を見ていた。
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やがて苗の両足は、毒に侵されて歩けなくなっていった。
腐敗した脚に幾重もの包帯を巻きながら、苗はそれでも家を飛び出そうとする。
「ねえ先生……最近ね、大地と話せるの。花を咲かせれば、この霧の正体も少しずつわかるんだよ。」
「…お願いだから、やめなさい…。」
先生は諭すように言葉を発した。
「君は花を咲かす度に命を削っている…このままでは…死んでしまうかもしれないんだよ。」
それでも苗は、痛みに顔を歪めながら微笑んだ。
「…大丈夫。だって、わたししかできないんだもの。」
先生の紫の目は揺れ、胸の奥で黒い影がざわめいた。
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数ヶ月が経った。
苗は日に日に衰弱し、それでも花を咲かせ続けた。
咲かせるたびに毒は体を蝕み、彼女は歩くことすらできなくなった。
そしてある日。
深い霧の中で、苗は最後の花を咲かせ、糸が切れたようにその場に崩れ落ちた。
「苗っ……!」
嫌な予感に突き動かされ、家を飛び出していた先生は、倒れている彼女を抱き上げる。
その小さな体は、冷たく、軽かった。
「どうして……どうしてここまで無理をするんだ…。」
涙に濡れた声で問い詰める先生に、苗は薄く目を開けて答えた。
「…先生が…本当は何者なのか、わたし、分かったよ。」