災いと夢
災いは、自然が起こす災害でもあり、
何者かが起こした呪いでもある。
望みを叶えるために世界を壊す者もいれば、
世界を救うために望みを捨てる者もいる。
これは10000年の間で起きた物語。
ほんの一瞬の物語である。
遠い、遠い昔の話。
あらゆる生物を蝕む黒い霧が、世界中を包んだ。
毒を含んだ霧は、花や草木を枯らし、あらゆる命を脅かしていく。
息をするだけで喉が焼けるように痛み、肌はじわじわと痺れ、骨の奥まで冷たさが染み込んでいった。
瞬く間に、世界は汚染された。
そんな世界でも、懸命に生きようと足掻くヒトと怪物がいた。
人間の少女__“苗”。
異形の怪物__“先生”。
二人は古ぼけた木造の小屋で寄り添うように暮らしていた。
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苗には、不思議な力があった。
それは「毒を浄化する効果を持つ花を咲かせる」こと。
ただし、その花を咲かせる代償は、自らの命だった。
花を咲かせれば咲かせるほど、彼女の命は削れていく。
それでも苗は夢を語った。
「この霧でいっぱいの世界に、お花をいっぱい咲かせたいの。色とりどりの花畑になったら、きっと…いっぱい笑顔になれるから…。」
その言葉に、先生は無言で首を振るばかりだった。
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先生の頭は松明の炎のように揺らめき、中心には紫色の眼がひとつ。
白衣の裾からは鈎爪を持つ黒い影が霧のように伸び、床に滲んでいく。
それは人間の姿から遠くかけ離れた異形。
けれども、苗にとって先生はただひとりの家族であり、支えだった。
「先生の夢は?」
苗が問いかけると、先生は小さく紫の目を細める。
「……緑で満ちた大地を見ることだよ。」
「ふふっ、同じだね。わたしたち、夢は一緒!」
苗は笑った。
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だが夢というものは、そう簡単には叶わない。
苗は確かに浄化の力を持っていたが、彼女はあくまで“人間”だ。
黒い霧の中に長くいれば、体調を崩し、最悪、命を落とす。
先生は幾度も苗を止めようとした。
「……もう行かないで。君は人間…心配…。」
「平気だよせんせい!それに…いっぱいお花を咲かせたいもの!」
そう言って苗は、微笑みながら外へ飛び出していった。
その背を見送りながら、先生の紫の目はかすかに揺れた。
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先生はたびたび苗の体を調べた。
脈を測り、舌を見せさせ、肺の音を聞く。
医者の真似事のような検査だが、毒の影響を受ければ二度と良くなることはない。
それでも苗は笑顔で言う。
「先生のお医者さんごっこ、すごく楽しいんだよ。」
それはただの真似事にすぎなくても、苗にとっては大切な時間だった。
世界でただ二人だけ。
二人は、家族のように寄り添って生きていた。