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【短編】人外になったんだけど、どうも思ったのと違う

作者: 鶴嶌大晩

ある朝。妙な違和感を覚えてベッドから起き上がった30歳の僕は、洗面所の鏡に映る己の姿を見て驚愕した。


何故だか背中から翼が生え、着ていたパジャマがピチピチになるほど体が逞しくなっており、目は赤く充血していたのだ。


そんな突然のことに戸惑っていると、ドタドタ!と大きな音が玄関から聞こえてきて。


「な、何だよお前ら!」


ごく普通のアパートの一室に、いかにもな防具服を着た研究員たちがなだれ込んできて、すぐにいかにもな謎の研究所へ連行。さらにいかにもな壁が真っ白な部屋に入れられ、いかにもな隔離処置となる。


それから2ヵ月。


厳しい監視のもとで色々と治療や調査は受けたものの、進行する人外化を止めることはできず。


気づけば体は灰色に染まり、筋肉は異常に発達し、翼は大きくなり、頭からはツノが生えていた。


「これは・・・非常にまずいのでは・・・」


配膳された銀色の食器に反射する、変わり果てた自身の形態。完全に人ではない姿になったと理解した時、僕は悟った。こういうパターンの物語、これまで小説や映画や漫画で山ほど見てきたからだ。


するとこの先の予想は簡単に立てられる。


きっと僕を連行したのは『危険思想に染まったマッドサイエンティストが作った、変なスローガンを掲げる謎の組織』なんだ。


そしてじきに僕は自我を失って暴走し、ここから脱出。ところがこの『危険思想に染まったマッドサイエンティストが作った、変なスローガンを掲げる謎の組織』から追われて、最後はこの命を・・・。


顔から血の気が引いて聞く中、突然部屋の扉が開かれる。


「だ、誰だアンタは!」


驚いて振り返るとそこにいたのは、白衣姿のいかにもな博士風の老人。


「やあ。ワシはここの所長を務めている者じゃ」


なんていかにもな人だ。


「専門は『突発的な人外化に関する研究』、まあ学界から追放された一匹狼じゃよ」


本当になんていかにもな人だ。


「ここは・・・この組織は何なんだ!」


「ふっふっふ。ここはワシが私財を投げ打ち、専門家から経営や衛生管理などのアドバイスを受け、政府による承認を得て設立した組織じゃよ。もちろん建設前には地元住民との話し合いもした」


思ったよりもちゃんとしている組織だった。


「ちなみに週休二日制を取り入れており、いかなるハラスメントも許さない」


その辺の会社よりもちゃんとしている組織だった。


「『愛、平和、平等、幸福。人類と宇宙の更なる進化は全てここに通ずる』をスローガンとしておる」


「変なスローガンは掲げてるのか・・・」


思わずたじろぐ僕の姿を見て口角を上げる、『突発的な人外化に関する研究』が専門で学界から追放された一匹狼の所長。


「さて本題じゃが。昨日の採血の結果、特に異状は見られず。恐らく身体の変化もそこで止まるじゃろう」


そして所長はゆっくりとした足取りで近づいてくると、「もう君はここにいたってやることは無い」と不気味な笑みを浮かべながら色々と書類を渡してきた。


「な、何だよこれは・・・?」


「仕事もしておるんじゃろう?ここまで無断欠勤になっとるじゃろうから周囲も心配しておる。この書類に色々と事情は記載してあるから提出すれば良い」


「・・・は?え?」


「あ、それと住まいは持ち家?賃貸?借りてるんなら2ヶ月間分の家賃を後で教えてくれ。こちらの都合で隔離したからそのお金はこちらで立て替えとこう。振込手数料もこちら負担で良いぞ」


えっと、その・・・。


「ん?どうした浮かない顔して」


「え?僕、これから普通に暮らすんですか?」


「え?君、これから普通に暮らすよ?」


こうして僕は人外として日常生活に戻ることとなった。





「心配してたぞ、お前。全然連絡もつかねぇし」


「は、はい。すみません社長・・・」


仕方ないので自宅に帰宅後、僕は勤務している不動産会社に出勤し、社内の皆と顔を合わせた。


地域密着を掲げているこの会社の従業員は決して多くない。連絡さえつけば、会議室でこの若作り中年金髪社長とすぐに話ができる環境だ。


「しかしまあ大変だったな。さっき提出してきた資料にも目を通したがそんな姿になっちまって」


「あ、あの。社長・・・」


「ん?何だよ?」


きょとんとした顔でこちらを見てくる社長だが、僕はどう考えてもここまでの会話は普通ではないと思い、巨大化した体をかすかに縮ませながら尋ねる。


「ぼ、僕はその。クビですよね?」


すると社長はイスに座ったまま呆れたような視線を向けてきた。


「あのなぁ。今の世の中のこと分かってる?人手不足なんだぞ?宅地建物取引士の資格持ってるお前が抜けたら困るんだよこっちも。だからクビになんてしねぇよ」


「い、いやでも。あれ?僕の姿見えてますよね?」


「・・・うん。見えてるよ?」


なおも怪訝そうな表情を浮かべている社長に対し、僕は背中に生えた翼を思い切り広げ、隆々に育った筋肉を見せつける。


「見てくださいよほら。この翼、筋肉、身長だって3メートルぐらいあるんですよ?昔の僕の身長は170センチあるかないかでしたよ?」


「そういや昔、ファルケンボーグっていう高身長中継ぎ投手がプロ野球にいたんだけど今のお前の方が大きいなあ」


「おいこら真面目にこっちの訴えを聞けよ」


能天気な言動に思わず敬語を忘れてしまった僕だが、社長の姿勢は変わらない。


「だってお前・・・。そうだ、そもそも今日どうやってここまで来たんだよ?」


「え?そ、それはさすがにこれで街は歩けないので空を飛んできたんですけど・・・」


「面白れぇじゃねぇか。物件回る時にお客さん背中に乗せてみたら?渋滞だって関係なくなるし、車使わねぇならガソリン代は浮くし、良いことずくめじゃねぇか」


「ええ・・・?」


目の前にいる社長の口から飛び出すのは予想だにしなかった言葉の数々。というか普通だったらこんな見た目の化け物を前にしたら恐れおののくものじゃないの・・・?


するとそんな僕の気持ちが伝わったのか、社長は笑みを浮かべながらこう言葉を発した。


「いやさぁ。そりゃ最初は驚いたけど中身はお前のままだろ?だからここにいて良いよ」


「・・・」


「飯は俺らと一緒のもの食えるの?」


「ま、まあ一応・・・」


「じゃあ今日の夜は居酒屋でお前の帰還祝いだ」


とんとん拍子で話を進める社長だが、こちらのことを拒むような言動はしない。「この姿で当たり前のように居酒屋なんて行って良いのだろうか?」という純粋な疑問は浮かぶが、その優しさに触れてどこか安堵したのも事実だ。


「あ、それと」


「何ですか?」


「あ、頭にあるそのツノ。ちょっと触って良いかな・・・?」


「ま、まあ別に良いですけど・・・」


「・・・」


「・・・」


「引っこ抜いて社屋に飾るのはダメだよね?」


「引っこ抜いたはずみで仮に僕が死んだら尋常じゃないほど大事(おおごと)になるからダメです」


こうして僕は、会社に普通に戻れることになった。





「いやあ、最初はどんな営業さんかと思ってビックリしましたけど優しい方で良かったです」


それから僕は普通に会社に勤務し、普通に営業をし、普通に家を売っていた。


「いえいえ。亀崎様ご家族に新しいマンションを紹介できて良かったです」


社長が大金かけて作ってくれた特注のスーツ。それに身を包んだ僕は住宅ローンを利用した銀行の前で、担当した顧客である若い夫婦と頭を下げ合う。


「今日は幼稚園で来れなかったうちの息子、いつも物件内見の時に営業さんが遊んでくれたからすっかり気に入っちゃって。夫と一緒にごっこ遊びとかもしてるんですよ」


「そうなんですね」


「もちろん息子がヒーローで、夫が悪のモンスターである営業さん役をするんです」


「それあんまり悪のモンスターにされた本人に言わない方が良いですよ?」


そうして和やかな雰囲気で会話を終え、「今日の仕事はこれだけであとは午後休、しかも直帰なんだよな」と僕は帰宅しようとするが。


「・・・誰だ?お前たちは?」


気づけば物音も立てずにやってきた防護服着用の研究員に囲まれ、目の前には巨大なトラックが停止し。


「やあ久しぶりだね。今からちょっと研究所に来てくれないかい?」


「あ、あなたは。『突発的な人外化に関する研究』が専門で学界から追放された一匹狼であるいかにもな博士風である所長・・・」


運転席から僕が隔離されていた研究所の所長を務めている老人が声をかけてきた。




灰色の体色に隆々の筋肉。大きな翼が生えてツノも伸び、身長なんて3メートル近くなった僕は今、トラックの荷台に入れられている。


大きくなってしまったその体を小さく屈め、車内の揺れを感じながら静かに佇んでいる僕の目の前にはスピーカーが置かれており、運転している所長の声がそこから聞こえてきた。


「やあ久しぶり。体の調子はどうじゃ?」


「『突発的な人外化に関する研究』が専門で学界から追放された一匹狼である所長。僕を一体どこに連れて行くつもりですか?」


僕はスピーカーの隣に置かれたマイクに向かって口を開く。


「『突発的な人外化に関する研究』が専門で学界から追放された一匹狼であるワシのことをちゃんと覚えてくれておるか。記憶機能はやはり特に問題ないようじゃな」


「・・・っ!」


僕は唇を噛み、『突発的な人外化に関する研究』が専門で学界から追放された一匹狼である所長の行動を予測する。


当初、僕はこの所長がいる研究所で監視生活を送っていた。そして2ヵ月ほど過ぎたあたりで「日常生活に戻っても良い」ということで社会復帰できたのだが・・・。


迂闊だった、きっと全部罠だったんだ。


恐らくこの、『突発的な人外化に関する研究』が専門で学界からは追放された一匹狼である所長は、わざと僕を普通の社会に解き放った。


ようやく送ることができた日常生活のことも細かく監視し、色々なデータを収集。そして情報が出そろった今、僕をもう一度捕獲して詳しく調査するつもりなのだろう。


「ふっふっふっ。今からのことを目に焼き付けるのじゃよ・・・!」


ああ。僕の人生はこれで本当に終わった。きっとこれから僕は様々な実験に使われ、挙句の果てには生物兵器として利用されてしまうんだ。


僕は分かってる、だってそういう小説や映画や漫画を沢山見てきたから。


覚悟を決めた僕だが、じきにトラックは停車、ゆっくりと荷台部分の扉が開かれると・・・。


「「「「「お誕生日、おめでとうございます!」」」」」


「・・・は?」


目の前には防具服を脱いだ研究員が、大きなケーキを持って満面の笑みを浮かべていた。


「お久しぶりです!お元気でしたか!」

「確か今日、お誕生日でしたよね!」

「皆で久々に会えるって楽しみにしてたんですよ!」


「あ、あのこれって・・・?」


荷台から降りて口をあんぐりと開ける僕だが、『突発的な人外化に関する研究』が専門で学界から追放された一匹狼である所長は、満足そうに拍手をする。


「誕生日おめでとう。これはワシらからのささやかなお祝いじゃよ。いわゆる『サプライズ』ってやつじゃ」


さすがに全く想像していなかった展開に呆然としていると、今度はスマホが鳴り響き、慌てて僕は電話に出る。


『あ、もしもし?会社の社長さんから連絡があったんだけど、あんた化け物みたいになったんだって!?』


電話の主は実家にいる母親からだ。


『お父さんが一目見たいってワクワ、いや心配してるのよ!31歳の誕生日パーティーもしてあげるから週末帰っておいで!』


「おい今ワクワクって言いかけただろ。親父、変わり果てた息子の変貌に胸を高鳴らせるじゃねえか」


しかし、この姿で田舎に帰っても・・・。


どうしようかと悩んでいると、『突発的な人外化に関する研究』が専門で学界から追放された一匹狼である所長はこちらと目が合うと器用にウィンクし、静かにこう口にした。


「家族に会いに行きなさい。・・・今の君ならもう、大丈夫じゃよ」


「いやそんな師匠ポジションみたいな顔するなよ。どちらかというと敵ポジションだろお前」


さらにその所長の隣で研究員たちが(電話に気遣って小声で)ハッピーバースデーの歌をエンドレスでうたうというカオスな空間の中、僕はポツリと呟いた。


「人外になったんだけど、どうも思ってたのと違う・・・」

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