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第1話 アートディレクターの俺、よく知っているゲームに転生


 柔らかな朝の光が部屋に差し込み、まどろみの中から目を開いた。視界に広がったのは、まるで異国の宮殿を思わせる優雅な西洋風の部屋。



 鏡を覗き込む。



 映るのは、湖のように深い緑色の瞳を持ち、困惑の色を湛えた美貌の少年だった。



 「転、転生したのか……」


呟いた声は虚空に溶けた。



 そして、ここが見覚えのある世界であることに気づく。



 広がる光景は、自分がかつて勤めていたゲーム会社が手掛けた『ましん伝記』のシーンそのものだったのだ。



 脳裏をかすめる転生前の記憶。ゲームのアートディレクターだった俺は、疲れ果てて机に伏したまま意識を失い、目が覚めるとこの異世界にいた。



 だが、俺が転生したのは、無限の可能性を秘めたヒーローでも、物語を彩る大悪党でもなかった。外伝に登場する脇役であり、ストーリーの流れなら、俺が転生したこのジェスというキャラクターは悲惨な結末を迎える。



 ジェスは目を奪われるような美貌を除けば、何の特筆すべき特徴もない少年だ。徐々に思い出していく中で、この世界の厳しさと待ち受けるジャスとしての運命の重さが、胸に重くのしかかってきた。



 ジェスという少年は、見た目の美しさ以外にこれといった特徴はない。



 しかし、過去を思い返してみると、重要な記憶が蘇る——転生前、俺が手掛けたゲームの主要キャラクター「カーシャ」のイラストを描いたのはまさに俺だった。



 そして、この少年ジェスもまた、俺の筆から生まれたキャラクターだ。



 まさか、俺がそのジェスに生まれ変わるとは……



 幸いなことに、プロとしての矜持のおかげか、ジェスを非常に美しいキャラクターとして描いておいたことが、今となっては救いだ。



 頭の中でストーリーを辿る——この先の運命がかかっている…そして、なんとか記憶の迷宮をくぐり抜けた……この物語では、やがてはラスボスとなる魔族の末裔——王女カーシャが、ジェスの命を狙う。



 現時点では、カーシャはまだ力を得ておらず、ただの流民の少女にすぎない。しかし、その実力は既に目を見張るものになっている。彼女は人間界で生き延びるために自らの力を隠しているが、怒りを買うと、その内なる凶暴は止めどなく解き放たれるだろう。



 物語では、ジェスはカーシャが流浪の身となった後、最初に彼女の怒りを買った人間である。理由は単純で、ジェスがカーシャの使い魔である「漆黒の鳩」を狩ってしまったことに始まる。



 カーシャがジェスを探し出した時、貴族の坊っちゃんで礼を知らないジェスは、謝罪もせず、乞食のような姿をした魔族のプリンセスを嘲笑し、使い魔の鳩をスープにして食べてやるとまで言い放った。その結果、ジェスはカーシャの手によって命を奪われ、その財産はすべて彼女の手に渡ることとなった。



 この財産が、後にカーシャが魔族復興を果たすための重要な資金源となるのは、特筆すべきではないから割愛させていただこう。



 オリジナルのストーリーによれば、俺——つまりジェスは、まもなくカーシャの復興を支える重要な金脈となる運命にある。



 ここまでストーリーを思い出し、冷や汗が額に滲む。



 このままストーリー通りに進み、カーシャの魔の手に沈むなんてごめんだ!そして、俺はなんとか名案を思いつく——あの使い魔の鳩を狩らなければ、悲劇の連鎖は始まらないはずだ!



 未来を知っている俺には、ジェスの人生を軌道修正するチャンスがあるじゃないか!



 その時、外から軽やかなノックの音が響いた。



 「坊っちゃん、お目覚めですか?昨日、早く起こすように伝えられておりまして」



 「入れ」


そう答えてベッドを降りた瞬間、足元にある何かが引っかかり、転びそうになる。



 酒瓶が転がっていた――まだ16歳だというのに、ジェスは酒に溺れていたようだ。



 ジェスの過去に呆れつつも、部屋を出ると、隅で震えるメイドの姿が目に入った。彼女は俺、いや正確にはジェスを酷く恐れている。



 「おはよう」


できるだけ優しい声で挨拶をする。



 「えっ……?」


メイドは驚いた表情を浮かべ、思わず声を漏らした。



 「旦那様が食堂でお待ちです」



 軽く頷き、俺は食堂へと足を進めた。両親はあまり家に帰ってこない。商会の仕事に忙しく、俺はほとんど放任されている。



 父が家にいるのはとても珍しいことだ。


 

 食堂へ向かう途中、すれ違う使用人たちは皆、俺を見るなり萎縮して敬礼し、逃げるようにその場を離れていく。どうやら、ジェスは本当に嫌われていたようだ。



 食堂に入ると、父は長いテーブルの端に座っていた。



 「また遅刻か」



 父は叱るつもりもないようで、淡々とした口調だった。



 「すまない、もう酒は飲まないよ」


酒を好んで飲むのはジェスであり、俺は特に好きではない。



 この裕福な暮らしには満足している。目指すのは、自由で気楽な生活だ。席に着くと、豪華な朝食に目をやり、その中でもひと際目立つ金色に焼き上げられたロースト鳩に目を留めた。



 「これって……」


俺の表情はこわばった。



 「昨日、お前が仕留めた鳩だ。使用人たちが言いつけ通りに料理したんだ」



 「昨日も酔っ払って、記憶がないのか?」


父が頭を上げ、俺を見ながら淡々と言った。



 「……そうかもな……」


言葉に詰まる。



 昨日?俺が仕留めた鳩?不安が頭をよぎって、そそくさとフォークを手に取り、じっくり確認した。



 十数秒ほどして……くそっ…間違いない、この鳩は、カーシャの使い魔だ。何せ、この鳩ですら、俺が描いたんだ。生みの親が一発で我が子を認識するようなもんだ。



 「どうした、具合でも悪いのか?」


異変に気づいた父が問いかけてきた。



 「何もないさ、酒のせいだと思う。飲みすぎると良くないな」


朝食を食べながら、俺は何度も使い魔の惨状に目をやってしまった。



 ジェス、君は本当に愚かでダメダメな奴だったんだな。



 人の使い魔を殺して料理して、さらに嘲笑までして……これで彼女が激怒しないわけがない。



 まぁ、起きてしまったことだ。何とかして解決するしかない。前向きに生きていかないとな。やるべきこと……まずは証拠を隠滅することだ。



 鳩の足を口に入れた途端、美味しさが口の中に広がる。食べたら骨はきれいに吐き出す。そうだ、骨もちゃんと処分しないとな。後で犬にでもやろう。

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