Ⅰ
わかりにくいんですが、一人称「おれ」がマックスで、「オレ」がレオン。客商売やってるマックスにくらべてレオンは口調を崩しがち(べらんめぇ)という設定です。
昨夜、レオンはリーザニカという人物が遺跡に関係するなら心当たりがあると言っていた。
「何でかって言うと」
レオンは歩きながら言った。
「この町って田舎だろ?だから大部分の人は店をやったり自分たちの畑を耕して暮らしてる」
「うん。おれやお前の家は例外だな」
「そこだ。問題は。オレの家は鍵の継承者って呼ばれて代々遺跡の管理をやってるけど、具体的には遺跡の周りの森の手入れをしてるんだ。遺跡には入ったことはない。で、この鍵を伝えていく。変な仕事だろ?でも何でオレの家がこんなことをやってるか、お前知ってたか?」
マックスはちょっとの間考えこんだ。
「元々、あの遺跡のすぐそばに住んでたから?」
「少し違う。なんでもギーズ侯爵家がこのギュズラに来る前の話らしいけど…」
ギーズ侯爵家が町に来る前、ギュズラは本当に何もない田舎であった。この地を治める侯爵家の代官は領地を良心的に治め、人々は自然に囲まれ、静かに暮らしていた。この頃住民の指導的な存在だったのがレオンの先祖である。彼らは住民の代表として、代官との交渉などを率先して行っていた。
だがずっと王都で暮らしていたギーズ侯爵家が領地に戻って住み着くようになると、彼らは侯爵家から遺跡周辺の土地を与えられ、その管理を任され、以来その役割に専念するようになったという。
遺跡はずっと昔からそこにあったが、彼らが管理するまで誰も近づくこともなく、荒れるに任せていたのだった。
「ああ、そういえば聞いたことがあるな」
「でもこれはオレの家に伝わっている話とはちょっと違うんだ」
レオンがカリストから聞いた話だと、ギーズ侯爵家がギュズラに戻ってきた時、王都のある貴族が共にやってきて、レオンの先祖に遺跡の管理をさせるよう頼んだということだった。その人は自分が持っていた遺跡の鍵を渡したという。
「その鍵ってのが、この鍵なんだ」
レオンは大きな鍵を取り出して言った。
「オレたちはその時からずっとこの鍵を伝えてる。鍵を伝えることが仕事って言ってもいいぐらい、これは大切な物なんだ」
「うん、で、それで?」
「オレたちはその王都の貴族に毎月遺跡の様子や見学に来た人について書いた報告書を侯爵様を経由して送ってるんだ。遺跡の管理・監視、それで年金をもらって生活してる」
「そうなんだ」
「オレはその王都の貴族って人が『リーザニカ』なんじゃないかって思うんだ。名前って言っても、姓なんじゃないか?」
「その辺は、わからないけど、確証はないのか?」
「その人には会ったことがない。報告書も年金も侯爵様を通してやり取りするから。オレはその貴族の名前も知らない」
「知らないのによく金のやり取りができるなぁ」
マックスはあきれたように言った。レオンは急いで首を振った。
「オレが知らないだけだ。オレはまだ正式な管理者じゃないから」
当主…というか正式な管理者にならないと名前も教えてもらえないとかそういう事情があるんだろうな、とマックスは思った。
二人はレオンの家に着いた。鉄門を開けて家の中に入る。あれだけ荒らされていた居間はマックスによって元通り、とは言わないまでも少なくとも、あんな惨劇のあったことを忘れるほど日常的に整理されていた。悲惨なことがあったことはただ木製の外窓がきっちり閉められていて、カーテンがかかっている所にのみ見出せた。ガラスが割れた窓はまだ修理ができていないのだった。
一見綺麗に片付いてはいたものの、そこで暮らすレオンにとっては失われたものはあまりに多かった。彼は居間を足早に通り抜けて二階の自分の部屋に入った。
「できるだけ、元通りに片付けようと頑張ったんだけど、なかなか難しかったよ。本とか絵とか、どうしても元に戻せない物も多かったから」
「お前って、片付けとか物の整理とかって、天才的に上手いよな」
「職業柄さ。ところでさっき報告書と年金の話が出たけど、今月分からレオンがそれを書かなきゃならないんじゃないのか?」
「そうだ」
「じゃあもしその貴族が『リーザニカ』って人だったら、カリストさんが亡くなったことはわかってるはずだから向こうから来るんじゃないか?」
「まさか!その人はきっと世代交代としか思わねーよ。それにさっきも言ったおとり、確証はない」
「侯爵様に聞いてみるのは?」
「これだけの情報じゃ聞くに聞けねーだろ」
「やっぱり、調べてみるしかないな」
彼らはさっそく調べにかかった。マックスは居間にある歴史書、レオンは二階の書斎に保管されている先祖の日記をそれぞれ読むことにした。ちなみにこの家にある歴史書というものは、遺跡の管理の傍ら、代々の当主が編纂した物だ。
午前中はそうしてすぎていった。
集中力は空腹によって妨げられる。数時間経ってマックスは本から顔を上げ、台所に行ってかまどに火を入れた。フェルナンドが持たせてくれたパンを並べ、壷に入ったスープを温める。レオンも降りてきて、二人は情報交換しながら昼食をとった。
「今はとりあえずじっちゃんの日記を読んでるんだけど、全然ダメだ。貴族のことは特に書いてないぜ」
「おれは歴史方面から調べてるけど、やっぱりそんな細かいことは書いてない。でもまぁ、この遺跡のことよく知らなかったから、面白い」
片付け終わった後はまた二人とも読書にふけった。今まで読書などろくにしたことがないマックスは一冊の歴史書を読むのにとても苦労する。なにせ前世住んでいた日本を探してみようと、家においてあった旅行者向けの冊子を読んだ時とはそのボリュームが違う。
それでも前世の自分はこうやって本を読むのが好きだったような気がするから、大変だと思う以上に楽しいと感じてもいる。
ただ前の世界と違って光源が少なすぎる世界である。窓から光が入らないこともあって、部屋が薄暗いことが彼の目を疲れさせていた。立ち上がって大きく伸びをする。
玄関のほうの扉から、ガラガラと外の鉄門が開く音が聞こえた。誰が来たのかと思って、玄関に向かうと扉を叩く音がする。
「ごめんくださーい」
マックスは扉を開けた。痩せ型の、のんきそうな男が口ひげをいじって立っている。彼はマックスが声をかけるより早く喋りだした。
「遺跡があるっていうのはこのお宅ですかね?」
「そうです」
「私は行商人でしてね。昼前にこの町に着いたんですが、南の村からここに来るまでに迷いましてねぇ、今日は商売をする気力もないんですわ。それで『灯火』って旅籠に投宿したんですがね、何にもしないでいるのはもったいない、何か話の種になるようなものはないかと思いましてねぇ。そしたらこの町にはいわくつきの遺跡があるという話を聞きまして、ちょっと見学に来たんです」
「はぁ、ちょっと待ってください!」
中に入れたら面倒なことになりそうだと判断したマックスは、話しを遮る意味で行商人を外に立たせたまま扉を閉めた。二階に上がってレオンがこもっている書斎の戸を叩く。
「おい!レオン!遺跡を見学したいっていう人がきたぞ。外で待たせておいたけど、どうすりゃいい?」
レオンはすぐに出てきた。
「わかったすぐ行く。待ってろ」
レオンは自分の部屋に入っていった。
しばらくすると、彼は黒い外套にすっぽりと身を包んで出てきた。縁に金糸の刺繍がほどこしてあって、布の光沢が普段使いの物ではないことを主張している。マックスはカリストが同じ物を着ているのを見たことがあった。
「これは鍵の継承者が人を遺跡に連れて行くときに着る物だ。オレも、じっちゃんの代わりにちゃんと仕事しねぇとな」
「やっぱり変わった仕事だな。あ、そうそう、下で待ってる人、話長そうだぞ」
レオンは玄関に置いてあったランプを持って、扉を開けた。行商人はさっき立っていたのと同じ場所に立って鼻歌を歌っていたが、レオンを見るなりしゃべりだした。
「貴方が遺跡の管理をなさっておいでですか。これはこれは、思ったより若い方で驚きました。そういえばさっき出てきた方も若い方でしたねぇ。ご兄弟でしょうか?やっぱり領主様のお膝元は違いますねぇ。私がこの前までいた南の村なんか、若い方は例外なく農作業に駆り出されていましたからね。ここはあそこと違って商業も発達していますし、豊かなんですねぇ~」
「…お待たせいたしました」
レオンは適当な所で口を挟んだ。
「いえいえ、こちらこそお時間を取らせて申し訳ないです。ちょっと見学したら帰らせてもらいますから。それにここに来るのも今日だけですよ。明日からまた商売を始めますからね。ふう、忙しくなるでしょう。それもけっこう!仕事は好きですよ。ええ」
「…では参りましょう」
レオンは歩き出した。行商人はついて行きながらも一人で何かしゃべり散らしている。マックスは玄関で聞き耳を立てて苦笑した。あの感じでまくしたてられたら必要ない物でも買ってしまいそうである。商人怖い。
日が傾くころになって、レオンは戻ってきた。
「疲れた~。やっと満足して帰ってくれたぜ」
「遺跡を見るだけにしちゃちょっと時間かかったんじゃないか?」
「だって、始終質問攻めだからな。遺跡の事とか町の事とかオレの事とか、歩くのは遅いし…」
「『灯火』に泊まってるって言ってたぞ。帰ったら食堂で会ったりして…」
「それは、嫌だな…」
だが日も暮れたことだし、二人は帰ることにした。マックスは本を元の場所に戻し、台所を簡単に片付けておいた。レオンはその間、遺跡の管理者としての義務、習慣となっている日記をつけている。
レオンは本当はこの家でそのまま寝起きすればいいのだが、町外れの広くて静かな家、ただ一人の肉親であったカリストが無惨な姿で死んだこの家で、一人で何もなかったように暮らしていくほどには彼の心はまだ癒えていない。彼はそのことを絶対に顔には出さないが、マックスはよくわかっていた。
「灯火」に帰った彼らは宿屋の仕事を手伝う。マリアはレオンの体調を心配していたが、彼は部屋代ぐらいは働かないと、と笑って言った。
厨房で食事をした後はそこで皿洗いだの下ごしらえだのの手伝いをする。遺跡の見学に来た行商人の声がそこまで届いてきた。
「あのお客さん、すごく話が長くて困ったよ。料理についてあれこれあれこれ、色々聞いてきたんだ。そんなに変わったものなんて作ってないのにな」
フェルナンドがぼやいた。
「あの人、行商人だって。今日遺跡の見学に来たよ。しばらくここにいるんじゃないかな?」
面倒だが悪い人ではない気配だ。けどあんまり質問が多いとスパイに間違われそうだな、とマックスはひそかに心配になった。
こうしてマックスたちにとって以前より充実した一日が終わった。