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 残された情報はカリストの最期の言葉「鍵を、リーザニカ様に」というものだけだ。そしてマックスはこれが最も重要なものだと直感していた。


 だがマックスは「リーザニカ」という名前の人物を知らない。自分の記憶にはないので、町中の知り合いという知り合いにそういう名前の人を知っているかと聞いてみた。

 しかし幼い頃からよく知り合っている同士、答えは知れている。ある人には、そんな洒落た感じの珍しい名前はこの町では一般的ではないと言っていた。


 そんなこんな町じゅうを走り回ったマックスはその日の夜にレオンが泊まっている部屋に向かった。食事の時食堂に来なかったので心配になったのだ。

 マリアの話では彼はひどく体調を崩し、日一日とやつれて起きることもままならないといった有様であった。精神的な衝撃によって肉体的にも参ってしまったらしい。


「まさか、そんなに衰弱してるなんて…」


 マックスは驚きを隠せないで言った。マリアはため息をつく。


「レオン君は小さい頃から少し体が弱かったからねぇ。ご両親も物心つく前に亡くしてるし、今回のことは心にも体にもこたえたのよ。何とか元気づけようにも、あたしたちじゃ何も言ってあげられないからねぇ。あんたもカリストさんのこと悔しいのはわかるけど、手がかりがどうのって出かける前に少し話しておやり」

「うん…」

「あたしが様子を見に行くとレオン君いつも、あんたはどうしてるのかって聞いてくるのよ。とにかくこのままじゃあの子、カリストさんの後を追いかねないわ。ここに連れてきて正解だけど、食事も食べたくないって言ってほとんど食べないの」


 マリアはそう言ってマックスに木の椀の二つ載った盆を渡す。それには前にマックスとオーガストも飲んでいた葛湯が入っていて、湯気を立てていた。


「今日も冷えることだし、持っていってあげなさい。食事はとりたくなくてもこれなら飲めるでしょ。それで少し話し相手になってあげなさいよ」

「うん」


 マックスはレオンが泊まっている部屋の戸を静かに開けた。ノックをしなかったのは、眠っているかも知れないという配慮があってのことだった。部屋の灯りは消えていて、暖炉の炎だけがぼんやりとくすぶっている。彼は自分の配慮が正しかったと思った。


「…誰?」


 弱々しい声がして、部屋の一隅で夜具を動かす音が聞こえた。


「あ、起きてたか。おれだよ。てっきり寝てると思ったから」

「マックス…」

「葛湯を持ってきた。体が温まるよ。食事は食べたくないって言ったらしいけど、これぐらいは飲めよな」


 マックスはそう言って廊下から漏れ出た光を頼りに寝台の近くのテーブルに盆を置いて、蝋燭立てを手にとると暖炉から直接火をつけた。オレンジの光を反射させながらも、彼はレオンの顔色がいつもよりも蒼白いことを認めた。


「マリアさんの話じゃあ」レオンは寝台に半身を起しながら言った。「じっちゃんを殺した奴を探してくれてるらしいな。ありがとう。本当ならオレがそういうことをしなきゃならないのに、手伝えないばかりか、お前の家に転がり込んで迷惑かけて…。ダメだなオレは…それに比べて、お前ってすごいよな」


 マックスは表情には出さなかったものの、こういったレオンの言葉を驚きをもって聞いていた。彼はこんな風に弱気に物を言うことはあまりない。具合が悪くて、気が弱くなっているんだとマックスは思った。


「レオンは今、具合が悪いんだから寝てていいんだよ。それにうちに転がり込んできたって言っても、連れてきたのはおれだ」

「…それで、いったい誰が…?」


 マックスはため息をついて、色々と調べたことを話した。猫舌レオンは葛湯をすくって冷ましながら聞いている。


「…というわけで、調べれば調べるほどわからなくなって、もうお手上げ状態だ」

「…もういいよ、マックス、あの遺跡には呪いがかかってるって知らないオレじゃない。きっとそれは本当の話なんだ。それだけだ」

「呪いなもんか!」


 マックスは叫んだ。


「呪いなもんか!本当にあの遺跡が呪われてるんだったら、そもそもこの町には誰も住めないじゃないか!あきらめちゃダメだ!」

「じゃあどうすればいいんだよ!」


 レオンは体を震わせて泣いていた。マックスは彼が泣くのは悔しい時だけだということを知っている。強がりなレオンは悲しいとか痛いという理由で人前では、それがマックスの前でも泣くことはなかった。


「レオン…」


 レオンは悔しかった。マックスよりずっと。たった一人の肉親を惨殺され、自分は寝ているだけ。見知らぬ襲撃者も憎らしく、肝心な時に力の抜ける弱い身体が憎かった。

 マックスはそのレオンの心情を察してやれなかった自分を恥じてうつむく。


「…一つだけ、手がかりがある。リーザニカって人を、知ってる?」

「リーザニカ?」


 レオンは怪訝そうな顔をした。

 マックスは上着のポケットから遺跡の鍵を出してレオンに渡した。


「じっちゃんが持ってた遺跡の鍵…。どうしてお前が?」

「レオンが居間を飛び出した後、カリストさんが最期に言ったんだ。この鍵をリーザニカ様に渡してくれって。何の意味があるのか、わからない。でもきっと何かあるはずだ、この鍵をリーザニカって人に渡せば。ただこの町にはおれの調べた限り、そんな名前の人はいなかった」

「…………」

「レオン、あきらめるにはまだ早いと思う。おれも、すごく悔しいんだ。カリストさんは頑固でちょっと怖いところがあったけど、おれのこともかわいがってくれた。何にも悪いことなんてしてないのに、あんな死にかたしなきゃならないなんて、かわいそうだよ!やっとレオンが無事に帰ってきたっていうのに、こんなのってない!あんなことした奴は許せない!おれたちの手でそいつを見つけて軍に突き出してやろう!レオン、おれはまだあきらめるには早と思う。リーザニカって人を探せば、何かわかるはずだよ!」

「マックス…」


 レオンは何かを考えているらしかった。そして、そうだと言って顔を上げる。緑の瞳には光が戻ってきた。


「リーザニカなんて人はオレも知らないけど、よく考えれば、それどころかオレはあの遺跡のこと自体よく知らないんだ。呪いなんてただのうわさだし、そもそもこの鍵についてだって何も知らない」

「おれもだ」

「確かにマックスの言うとおり、あきらめるにはまだ早い。知らないんなら調べるんだ。リーザニカって誰なのか。オレの家には、あの遺跡に関する本がたくさんある。その人がこの鍵に関係するんだったら、絶対にあの遺跡にも関係してるはずだ。そのことならオレには少し心当たりがある!マックス、お前も調べるの手伝ってくれるだろ?」

「当り前じゃないか」


 マックスは笑った。


「一人で調べるには骨が折れるよ。大変だったんだからな」


 レオンは葛湯の残りを飲み乾した。


「よし!そうと決まれば早速明日から調べようぜ!」

「おう」

「今日は早く寝ないと…。じゃあマックス、お休みー」


 そう言うと寝つきのいいレオンは早々と寝息を立て始めた。


「まったく…」とマックスは蝋燭を消しながら言う。「意外と単純な所、全然変わらないな…」


 翌日。昨日まではありえなかった時間に二人が起きて食堂にやってきたので、フェルナンドは驚いた。彼らはものすごい速さで朝食を平らげた。


「何だ何だ?今日は慌ただしいな」

「じゃあ父ちゃん、行ってくる。夕食前には帰ってくるよ」

「いつもありがとう!ちゃんと出世払するよ」


 フェルナンドから弁当を受け取るなり、二人はドタドタと出かけていった。門の所で掃き掃除していたオーガストは「ふぁふぁふぁ」と笑って見送った。


「二人とも、わしとカリストの若い頃にそっくりじゃ」

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