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 レオンはオーガストの話にあった「町外れのカリスト」の孫で、マックスより一つ年上の幼なじみである。

 3年ほど前、王都の南に領土を持つ貴族が国王に反旗を翻した。王家に反感を持つ貴族が多数それに加わって、その辺り一帯は戦場と化した。鎮圧に手を焼いた王家はギュズラの領主ギーズ侯爵に援軍を要請した。ギーズ侯爵が率いる軍は国王の軍より強いといううわさがあり、また実際に戦い慣れてもいたのであった。


 レオンはこの時志願して軍に加わった。マックスも若者の大部分がそう思ったように志願したかったのだが、人手が足りないから行くなと両親に反対された。

 そもそも年齢制限に引っかかっていた。ギュズラでは16歳以上でなければ軍に入ることはできないが、マックスはこの時まだ15歳だったのである。


「やっと思い出したか。お前はあんまり変わってねーな。よ、オーガストのじっちゃん。元気だったかい?」

 

 オーガストは例の、「ふぁふぁふぁ」という笑い方をした。


「よう無事に帰ってきたなぁ、カリストも一安心じゃろう」

「ああ、オレがいない間、じっちゃんのこと色々世話を焼いてくれてありがとな。感謝してるぜ」

「当り前だろ?それよりお前、いつ帰ってきたんだ?しばらく戻れないって言ってたからみんな心配したんだぞ」

「ああ、悪い。昨日の夜だ。もう遅かったからまっすぐ家に帰った。ここには朝一番に顔見せに来ようと思ったんだけど、よく考えたらここは朝は忙しいから時間ずらしたぜ」

「ありがとな!無事に帰ってきてよかったよ」


 実際の所、ギーズ侯爵が現地に着いた頃には戦闘らしい戦闘は終わっていて、反乱もほとんど鎮圧されていた。つまりレオンは戦っていなかったのだが、引き揚げる頃になってはやり病にかかってしまい、傷病兵と一緒にしばらく隔離されて、この町で志願した者の中で一人だけ帰ってきていなかったのだ。


「ってなわけで、土産がないんだ。悪いな」

「そんなこと気にすんなよ」


 そこにマリアがパンの入ったバスケットを持ってやってきた。


「おやまぁ、誰かと思ったらレオン君じゃないの!よく帰ってきたわねぇ。心なしか、たくましくなった感じねぇ。カリストさんも一安心だねぇ」


 レオンは軽く会釈をして、苦笑した。


「ほとんど病院に入ってただけだよ」

「ねぇ、母ちゃん、せっかくレオンが帰ってきたんだ。今日はカリストさんと一緒にうちで夕食を食べてもらおうよ」

「えっ?いいのか?」

「遠慮することなんかないよ」


 マリアは快活に笑った。


「父ちゃんが腕をふるってくれるよ。どうだい?立ち話もなんだし、お茶でも飲んでいくかい?」


 レオンは丁寧に頭を下げたが、それは断った。


「マリアおばさんありがとう。でもまだ旅の荷解きがすんでないから、家に戻るよ。夕方にじっちゃんとまたくるから」

「うんうん。それがいいね。じゃあマックス、あんたもレオン君と話したいだろう。手伝っておやり。それでこれをカリストさんに渡してきなさい。父ちゃんが焼いたパンだよ」

「うん。わかった」


 マックスは外套を羽織ってマリアからバスケットを受け取ると、レオンと談笑しながら出て行った。

 外に出ると風が容赦なく吹いていて、この日は本当に季節外れに寒かった。曇っていて陽光が届かないことにもその原因がある。


「何か今年は寒いよな?オレの勘違いじゃあないよな?」

「本当に寒いんだ。王都の辺りはここと比べてどうだった?」

「あれ?レオンじゃないか!帰ってきたんだな」


 すれちがった知り合いが声をかける。二言三言挨拶をして通り過ぎた。

 二人は露店が並ぶ広場と住宅地を抜けて町の郊外へと足早に歩いていった。オーガストが「町外れのカリスト」と言ったように、レオンの家は町外れにあるのだ。


 「鍵の継承者」と呼ばれる彼の家系は代々この町にある遺跡の管理をしている。この遺跡は前の王朝時代のものとされているが詳しいことはよくわかっていない。町にとって遺跡は発掘して調べる学術的なものではなく、鍵をかけて人を寄せ付けない神秘的な存在であった。それでも時々どこからか学者がやってくるのだが。

 というのもこの遺跡には古くて神秘的なものにつきものの怪談話が多く伝わっている。

 レオンの家系は代々その鍵を継承して遺跡に興味本位で人が近づくことがないよう、監視と保護を任されている。一族は元々この町の代表的な家柄で王都の貴族に遺跡の保護を命じられたのだが、町に領主が住み着いてからはひっそりと、だが確実に鍵を伝え遺跡を守護しているのであった。


 マックスの前世知識でいうと、こういうのはファンタジックな世界観であって場合によっては魔法使いとかがかかわっているというのが多かった。だが継承者のレオンの家系はちょっと変わった仕事をしている、という認識のごく普通の一般人である。


 遺跡の鍵は今、レオンの祖父のカリストが持っている。レオンには両親がいない。彼が5歳の時に、事故で亡くなってしまった。祖母も悲しみが原因となってそれからすぐに亡くなってしまったから、彼はカリストに育てられた。

 マックスとレオンは年も近く、似たような境遇から兄弟のように育ってきた。オーガストとカリストの仲がいいこともあって、家族ぐるみの付き合いが特に強くあった。だから二人には外見も性格も全く違うが、どこか似たような雰囲気がある。


 マックスは中肉中背といったところだろうか。低くもなく高くもない身長に、色々な肉体労働で養われた筋肉がバランスよくついている。明るめの茶色の髪は仕事の邪魔になるので、伸ばしたことはない。宿屋という見知らぬ人が集まる場所で生まれ育ったことも影響して、彼は穏やかで人懐っこい。おれってなんかモブっぽいよなー、と前世的に分析してちょっとだけへこんだ。


 レオンはそんなマックスと比べると明らかにハデであった。肩より長い鮮やかな赤い髪、これまた鮮やかな緑の瞳。マックスより背が高く、きゃしゃで少し体が弱かった。母親似だといわれている。人恋しさの裏返しでよく高飛車な態度をとった。マックスの前世知識でいうところの「ツンデレ」というやつである。

 一見軟弱そうなレオンだが、実は剣が得意だった。遺跡を守るためには多少そのような技術が必要なのと、身体を鍛えることを目的としてカリストが仕込んだのだ。レオンは熱心に鍛錬し、子供の頃より身体も丈夫になり自信がもてるようになった。軍に志願したのもそうした自信があってのことだ。


 町の郊外に入ると人通りも家もまばらになり、近くには黄金色の畑が風にゆれている。農作業中の人々が休憩をとっていて、二人に気づいて声をかけた。仲のいい友人も何人かその中にいてしばらく立ち話をする。

 そうこうしているうちにレオンの家に着いた。塀と鉄門で囲まれた家はこの辺りではもっとも大きい部類に入る。


 ここで言う大きいとは、横に広い家というわけではなく、高さがあると言う意味である。ごく普通の民家と変わらぬ住居部分の一部が見張り用の塔のように高くなっている。

 昔は家で馬車を所有していたこともあって、厩舎も建てられている。もっとも今は馬車でやってきた旅人が遺跡の見学をする時に、その馬車を止めておくために使うぐらいである。

 家の裏にはこんもりとした森になっている。森は広範囲に広がっていて、その全てが家の敷地である。純粋に所有している土地の広さでは、町の中で一番広い土地を所有していることになるだろう。


 森の中に、遺跡が眠っている。

 遺跡にたどり着くには迷路のような道なき道を進まねばならず、しかも鍵がかけられている。その道を知り、鍵を持つ者は遺跡の管理者とその家族だけだ。マックスもこの森の奥までは入ったことはない。

 もっとも町の住人はここにはけっして近づかない。遺跡はひっそりと忘れられたかのように森の中に眠っているが、人々の意識の中におそれの気持ちと共に常にそこにある。

 両開きの鉄門を片方開けて、二人は入っていった。


「帰ってきて改めて思ったけど、オレの家ってでかすぎるよな」


 レオンは久しぶりに自分の家を見上げながら言った。


「そうか?そんなこと考えたことはないけど」

「お前の家はでかくて当然だろ?でもオレの家なんてじっちゃんと二人で住んでるんだ。昔はこれでちょうどだったかもしれねーけど、二人には広すぎる。貴族様とかじゃあるまいし、贅沢だよな。現実問題として、掃除とか大変だし」

「まぁ、そんなもんかもな」


 レオンが留守の間、マックスはよくこの家に食べ物を届けに来て掃除を手伝ったものである。彼はいつも客室の掃除をして慣れているので別にレオンの家が広すぎて大変だとか面倒だとか、そんなことは感じなかった。


「じっちゃんただいま」


 レオンは玄関の両開きの重い扉を開けた。

 家の中は妙にしんとしていて、異様な感じがした。


「じっちゃん?」


 居間への扉を開けて、レオンは立ちすくんだ。


 長椅子やテーブル、本棚といった家具という家具はひっくり返り、床一面に本や割れた陶器の置物が散らばっていた。

 亡きレオンの母が大切にしていた大きな花瓶も破片となって飛び散り、活けてあった花も辺りに散乱してその周りの本が水で濡れている。壁に掛けられた家族の肖像画も斜めに傾いているのはまだいいほうで、ほとんどは裂かれたり破れたりして無惨に額縁からぶら下がっている。

 カーテンも飾り布もズタズタに引き裂かれ、窓ガラスも割れて冷たい風が口笛を吹いて彼らの頬を打つ。


 暖炉の中でパチパチと薪が燃える音だけが耳に響いた。

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