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一人称「俺」がキャーライトです。

「おれ」はマックス、「オレ」はレオン。読む際のご参考に!

 時間は少し戻り、12月の中頃である。リーザニカ一行は無事にギュズラに到着した。


 マックスたちがギュズラを出たときはまだ町は秋色だったが、もう12月も中頃ということで町はすっかり雪に覆われていた。もっともそれ以上に人出が多く、大通りにも馬車がひしめいている。

 と言うのも領主が住むギュズラの町では新年の祭りが盛大に行われるために、近隣から多くの旅人が集まってくるのだった。

 マックスは町の喧騒を窓越しに見やりながらふうとため息をついた。


「リーザニカ様、どこに泊まるつもりなんですか?」

「そうねぇ、本当はギーズ侯爵のお城に泊めてもらいたいんだけど、侯爵にも夫人にも会ったことないからいきなり押しかけるわけにもいかないわね。私が泊まってもよさそうな宿は、確か町の広場の近くにあったわね」


 そこは「灯火」とは違う富裕層向けの、町で一番大きな宿だった。馬車は当然のようにそこを目指して走っていた。


「それが、あそこはもう満室で泊まれないんじゃないかって思うんです」

「確かに…」


 マックスの意見にレオンも同意した。この時期はとにかく人が多いのだ。今になってやってきて宿が取りにくいことはマックスが一番よく知っている。


「俺は別にあったかく寝られりゃどこだってかまわねーぜ」


 キャーライトはあくびをしながら言った。


「おれ、ちょっと降りて、『灯火』に行ってきます」


 マックスはそう言うと、ちょうど馬車の速度が落ちたところで降りた。帰って来たので顔を出しておきたかったというのもあった。


「『灯火』って、マックスが実家の宿屋だって言ってたわね?庶民の宿じゃない。私は嫌よ。そんな所に泊まるなんて」


 リーザニカは機嫌を悪くした。


「実家だから帰ってきたってことで顔を出しておきたかったんですよ。ついでに部屋が空いてるか聞いてみるんでしょう」


 レオンは馬車を降りて走り出したマックスを見送ってリーザニカをなだめた。

 一方「灯火」に向かったマックスはその人出の多さに改めて驚いた。もっとも彼はそこで働いているので、例年の感覚でいうとこの時期のこの人出はごく当然のものであった。


「ただいま!」


 彼は一般客と区別してもらえるようにそう叫びながら扉を開ける。


「おお、マックス、お帰り」


 いつも通り受付カウンターに座っているオーガストが言った。


「早かったのう。おととい、お前が王都で出した手紙が着いたばかりじゃ」

「あ、そうなんだ。うん。ちょっと急いで帰ってきたんだけど」

「マックス殿、お帰りなさい」


 別の客の対応を終えた黒髪の若い男が、振り向いてマックスに声をかける。マックスは一瞬誰かと困惑したが、すぐに思い出した。


「ああ、確か、ギーズ侯爵様の所から来た…」

「はい。ジミーと申します。普段は侯爵様にお仕えしておりますが、マックス殿が留守の間、代わりにここで働いております」

「ああ、そうそう。おれの代わりに…」

「マリア夫人は奥におられます。どうぞお顔を見せてあげてください」

「あ、うん」


 マックスは妙に緊張して、他人の家にいるような気がした。

 奥の部屋ではマリアが、シーツや布巾など、かさばる布を大きなテーブルの上でより分けていた。


「母ちゃん、ただいま」

「おや、マックスかい?」


 マリアは顔を上げずに言った。


「うん。でもまだ完全に用事が片付いたわけじゃないんだ。貴族の人に王都で会って、レオンとその人とでもう一回遺跡を調べてみようって帰ってきたんだ」

「何だい。じゃあ今すぐうちの仕事を手伝ってくれるわけじゃないんだね?」

「ごめん」

「まぁ仕方がないね。ジミー君にまだ手伝ってもらうからいいわよ。ジミー君は本当にいい子だねぇ、あんたよりよっぽど働き者だよ。よく気は利くし見栄えもいいし、礼儀正しいし…」


 マリアは忙しいゆえに機嫌が悪いのだ。マックスはジミーと比べられて少し気を悪くした。


「ところで、母ちゃん、部屋って空いてる?」

「空いてるわけないでしょ。毎年この時期がどんなに忙しいか、あんたならわかるでしょ?」


 無論この答えはマックスの予期していたものだった。


「言っておくけど、あんたの部屋も空いてないわよ」

「え?」


 だがこれは予期していない答えだった。


「だってあんたの部屋はジミー君が使ってるからね。悪いけど、客以外で働かないでうちに泊めることはできないよ」

「ええ!」

「ほら、カリストさんの無念を晴らすんでしょ、頑張ってきなさいよ」


 マックスは半ば放心状態で町の広場へ向かう。そこで、他の宿の様子を見に行っていたレオンと合流した。


「よう、マックス、どうだった?」

「どうも何もないよ…。この時期に部屋が空いてる宿屋なんてあるわけないだろ」

「…だよな」

「『灯火』にはおれの部屋さえ空いてないって。仕方がないけど、納得いかないな~。あの家の息子はジミーじゃなくてマックスだぞ!」

「ジミーって誰だ?」

「ほら、おれが留守の間あそこで働くようにってギーズ侯爵様の所から来た…」

「ああ、それで、どうする?オレの家に行かないか?ってかそれしかねぇ」

「ありがたいね、あの家は広いから。リーザニカ様は嫌がるだろうけど」


 二人は広場の片隅に立ち往生しているリーザニカの馬車を見つけて、中には入らずに声をかける。窓が開かれた。予想にたがわず、彼女は不機嫌だった。


「もう最悪!部屋は空いてないって言われたわ!」

「まぁ、この時期、今から部屋を探したんじゃ空いてなくて当然なんですよ。うちの『灯火』も息子のおれの部屋さえ空いてないって言われましたから」

「オレが探しに行った所も全滅でした」

「じゃあ、どうすればいいのよ?」

「オレの家に行きましょう。ムダに広い家だから、このくらいの人数なら平気です」


 リーザニカは露骨に嫌な顔をしたがそれ以外に仕方がないということもわかっているので黙っている。


「日当たりがよければ俺は何でもいいぜ。こんな所で立ち往生してるよりはましだ。リーザも、少しは我慢しろよ。俺たち、大人なんだからさ」


 飼い猫になだめられた魔女はため息をついた。


「…そうね、それに遺跡を調べるにしても、例の事件を調べるにしても、それがちょうどいいわね」


 マックスとレオンは二台の馬車の御者台に乗って、道案内をしてレオンの家に向かった。

 町外れにあるレオンの家の周りはいつもどおり閑散としている。訪れる人もほとんどいないこともあって、雪かきも全くされておらず、鉄門を開けて馬車を入れるところから苦労した。


「適当に入ってくれ。オレは雪かきをしてくる」


 レオンは玄関の扉を開けて、物置から雪かき用のスコップを取り出すと、玄関や門の周りの雪かきを始めた。

 御者たちは馬車を止めると馬を休ませるために厩舎に連れて行ったが、そこは普段はあまり使っていないので、手入れをすることが先決だった。

 マックスはリーザニカの侍女と一緒にみんなの荷物を家の中に運び込んで明かりをつける。


「ああ、やっぱり丸一ヶ月空けてたから、ほこりがたまってるな」


 彼はそう言うと居間をはじめ、みんなが使うであろう部屋の掃除にとりかかった。職業病と言うやつである。

 侍女は居間の暖炉に火を入れて台所を調べ、そこには食材がろくにないことしか見出せなかったので、夕食の献立を考えながらすぐに買出しに出掛けていった。

 キャーライトは一番暖かい、暖炉の近くの安楽椅子に早速陣取って、眠そうに毛繕いをはじめる。


「まあ、うちの使用人たちは本当に働き者ね」


 リーザニカは忙しく動いているみなの様子を見て満足そうに言った。居間の床を拭きながらマックスは一応抗議してみる。


「おれとレオンはあなたの使用人ではないですよ」

「いいの。細かいことは気にしない」


 リーザニカは自分が使うべき、一番広い部屋はどこかと家の中を探検し始めた。


「庶民の家っていうのは久しぶりね。そうそう、感心している場合じゃないのよね。ここが例の事件のあった家なんだから」


 彼女は満足のいく部屋を見つけると早速マックスにその部屋の掃除を指示する。待っている間はきれいになった居間で、レオンの先祖が代々編纂した歴史書をヒマつぶしをかねて読み始めた。

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