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 御者と馬を叱咤激励してポルカ伯爵邸に乗り込んだリーザニカは、マックスとレオンとの会談が済むと、また御者と馬を叱咤激励してそこをあとにした。彼女が向かった先は自宅ではなく、王宮の中心部であった。


 そこには王族をはじめとして、主だった大臣たちの仕事場であり、住居となっている。よって警備はどこよりも厳重だし、請願やら手続きやらの用事でやってくる役人たちの馬車がひっきりなしに列をなしていた。

 リーザニカの装飾の少ない馬車はそれらの馬車の間を縫って門に近づいていった。いついかなる時でも、国王であれ宰相であれ誰でも自由に会える権利を持った彼女は窓から顔をのぞかせて、誰々に会いに来たとさえ言えば何の追求も受けることなく通してもらえるのだ。


 他の馬車からその様子を遠巻きに見ている人たちにとっては腹立たしいことではあるが、うわさの魔女ににらまれても大変なので、みな見てみぬふりをする。何といっても彼女には、恨みを買うと末代まで祟るといううわさもあるのだ。


「宰相閣下には会えるかしら?」


 今回の魔女の用件はこうであった。交替を待ちわびている門番たちはすぐに彼女の馬車を通す。装飾をほどこした巨大なアーチをくぐり、速度を落とさずに雪を被った前庭を眺めながら駆け抜けた。

 しばらくするとまた別の門が夕闇の中、松明に照らされて現れた。目的地の宰相の屋敷に到着したのである。同じように門を開けさせ、執事に出迎えられた彼女は控えの間に通された。


 控えの間は客でいっぱいだった。彼らは宰相個人とはあまり親しくないが、例の請願やら手続きやらの用事で義務感に押されてやってきた人たちであり、忍耐と時間が許す限りここで次の間へ通されるのを待たなければならない。

 室内はそれらの人々の熱気と、赤々と燃える暖炉の炎と煌々と輝くシャンデリアとで、外の寒さとは対照的に暑い。


 リーザニカは、無言または知り合いを見つけてヒマつぶしにうわさ話をさかせているこれらの客の間をすり抜け、次の間への扉の前に彫像のように立っている使用人に話しかけた。


「すぐに宰相閣下に会わなければならないの。通して頂戴」


 彼はうわさの魔女を認めると慌てて奥へ通した。奥には別の使用人がいて、客を宰相のもとへ案内する役目をおっている。いくつかの控え室と長めの廊下と一つの階段室を抜けて、案内されたのは宰相の執務室であった。


「リーザニカ様がお見えでございます!」


 案内役はそう言って扉を開けた。

 窓以外の壁を本棚で埋められている宰相の執務室は人間嫌いな宰相の主なすみかであった。中央の広い机から、今しがた入ってきたリーザニカに向かって非友好的な視線が投げられる。


 ブランシュロ王国の陰の実力者といっていい、宰相その人である。この50をすぎた宰相は30年にわたり国王を支え、私利私欲とは無縁な有能な人物なのだが、人間嫌いという欠点があり、自身が嫌っている全ての人々から嫌われていた。それも無理のない話で、人がよすぎる国王を守るため、進んで嫌われ役を買って出た結果とも解釈できるのであった。


 黒々とした頭髪の持ち主ではあるが、その頭脳の使いすぎで頭頂部が随分と後退していることをひそかに気にしている。リーザニカはそれを知っていて彼の事をわざと禿山宰相と呼ぶ。これは頭髪のことと、彼の領地の名をかけているのである。

 この宰相と魔女の折り合いが非常に悪いというのは王都に住んでいる人なら誰でも知っている。というのも宰相の家系はかつてリーザニカの恨みを買い、現に祟られているといううわさであった。


「ごきげんよう、宰相閣下」


 リーザニカは妙ににこやかに帽子を取ると、勧められてもいない肘掛け椅子を引き寄せて遠慮なく腰をおろす。遠慮などする仲ではない。

 最近は仕事も忙しく、会わなくてすんでいた魔女が不意に現れたことは宰相の機嫌を少なからず損ねた。


「これはリーザニカ嬢、お久しぶりですな」

「あら、そうでしたかしら?まあ確かに、夏にお会いしたきりでしたわね。もうすっかり、寒くなりましたわね。閣下は室内でも帽子を召したほうがよろしくてよ。風邪は頭からひくというではありませんか。100年程前は鬘が大流行していましたけど、今はそれもはやりませんもの」


 リーザニカは急いできたはずなのに、彼に会うとつい嫌味を言う習慣が抜けなかった。彼のほうは目の前の一見若い淑女を内心、嫌味なばあさんだと思っているのだが、有能な彼は「年寄りは敬わなくてはならない」という道徳心でそれを態度に出さないでいる。しかし口以上に物を言う目は彼女への反感を表してやまなかった。


「ありがたい忠告ですな。ところでリーザニカ嬢、私も見ての通り、今はヒマな時間ではないのでしてね。お話をうかがいましょうか」

「私、旅にでようと思いますの」

「ほほう」


 宰相はこれは意外な話だと思った。と同時にもう帰ってこなければいいのに、と考えていた。


「たまには新年を王都ではない所でむかえるのも良いかと思いましたの。田舎の祭りを見物するのもきっと楽しいわ」

「結構ですな」

「そういう訳で、陛下が主催される新年会には出席できませんの。それ以外にも、年末年始にある公式行事にも一切参加ができなくなりましたの」

「それは仕方がありませんな」

「で、このことを陛下に伝えてくださるかしら?それをお願いしに急いできましたの」

「でしたらご自分で陛下のもとへ行かれた方が早いのでは?」


 リーザニカは「ただでさえ忙しいのに自分を伝言係にするのはやめろ」という宰相の内心の叫びには気づかないふりをする。


「だって陛下に直接話しては、引き止められてしまうに決まってますもの!」


 誰が引き止めるものか、と宰相は心の中で言った。


「それに出発がとても早いんですの。宮殿まで行く時間が惜しいですわ。明日、出発ですの」

「100年以上も王室に貢献してこられたあなたのことを、陛下もまさか引き止めるようなことはなさらないでしょう。ゆっくりと羽を伸ばして英気を養ってくるように、と私だったら言うでしょうな。それで、どちらに行かれるのですか」

「ギュズラですわ」

「ほう。それはまた随分と遠くへ」

「地方の様子を見てくるのもいい勉強だと思いますわ。どんなに遠くても王国の一部ですもの。大切にしなければいけませんわ」

「それに関しては珍しく意見が合いますな。しかし貴女も真面目な方だ。何百年と見聞を広げていらっしゃるのに、まだ勉強が必要だとは。やはり時が流れるのは早いですか」

「王宮にばかりいると同じ顔ばかりで飽きることってありません?たまには知り合いもいないような所に行くのもいいと思いますわ」

「ギュズラと言えば領主のギーズ侯爵が珍しく王都(ここ)に来てるようですな。先の反乱のことで、陛下がお呼びになったとか。しかしあの反乱は、どうも納得がいかないことは…」


 宰相が言っているのは、ギーズ侯爵が鎮圧に貢献した最近の反乱のことであった。リーザニカは彼がグチを言いだしたと見るや否やさっと立ち上がって扉に向かう。


「そういう訳で閣下、私は旅支度をしなくてはなりませんの。ごきげんよう」


 宰相は内心ほっとした。そしてこの手は魔女を撃退するのに使えるなとほくそえむ。


「ええ、ごきげんよう。旅を楽しんでくることですな」


 理想としてはもう王都には戻ってこないでくれと思いながらも彼は表情を変えずに、彼女を送り出した。それに対してリーザニカは風邪には気をつけるようにと念を押して帰っていった。


 帰宅したリーザニカはまず旅の仕度を命じ、それから食卓についた。キャーライトが走ってきてテーブルに飛び乗る。


「おいリーザ、それでどうだったんだ?」

「明日ギュズラに向かうわよ。お前も一緒に行くわよね?」

「明日?やたら急だな。俺は別になんだってかまわねーよ」

「禿山宰相にはしばらく王都を留守にするって言ってきたからもう用はないわ。早くギュズラに行った方が良さそうよ」

「鍵の継承者はどうだった?」

「これがボーっとしてるお子様でね。まるでダメ。遺跡の管理がちゃんとできているかも怪しいの。だから早くギュズラに行かないと」

「ふうん」


 そうして次の日、リーザニカは二台の馬車を引き連れてポルカ伯爵邸でマックスとレオンを乗せ、開門と同時に王都を去り、ギュズラへと向かったのであった。

宰相はちょっと損な役どころです。

魔女から見れば好敵手であって別に憎んでるわけじゃありません。宰相も別に憎んでるわけじゃなく単にうざったいと思ってる。公然の敵と言われますが、完全な政敵というわけでもないような?

馬が合わないって奴でしょうw

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