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「ほらマックス、オレが王都にいたときの話しただろ。はやり病でしばらく隔離されてたって話」

「ああ」

「あの時仲良くなった隣の部屋の傷病兵が、このスーだ」

「へぇ、そういうことか」

「うん!」


 スーは嬉しそうに言った。


「マックスのこともレオンから聞いてるよ。兄弟みたいな幼馴染だって。レオンのケガは僕のせいでもあるし、とりあえず僕の家においでよ。お昼をご馳走するよ」

「…そういえば、昼飯時だな」


 マックスもレオンもそれに気づいたとたん、空腹を覚えた。


「でもいいのか?お前の家、この近くだろ?」


 レオンは辺りの住居を見て言った。スラム街というわけで食べるものに事欠く日々を人々は送っているのだと想像できる。


「大丈夫、僕の家はお客さん大歓迎だから!ささ、こっち!」


 通りから一本路地に入って、その突き当たりに、この辺りでは珍しい大きな建物があった。古びてはいるが崩れかけた箇所には補強がされていて入口の周りにも雪がなく、地味だが存在感のある建物だ。扉を照らす燭台に札が下げてある。


【ようこそ、居酒屋「不死鳥」】


「ここが僕の家だよ。いらっしゃいませ!」

「へぇ、お前の家は酒場だったのか」


 スーは扉を開けて二人を通した。薄暗い店内は思ったよりも広く、まだ昼間だというのに酒のにおいと客で賑わっている。

 マックスが見たところ、客はバラエティに富んでいた。この辺りの住民と思われるひげも髪も伸び放題の、元の色や形がわからないような服を着た者や、休憩中の行商人グループ。制服でそれとわかる下級の軍人。女性も何人かいたが妖しい化粧をし、客かどうかはよくわからない。


 スーは店員や客の間をすり抜けて、二人を店の一番奥のカウンターまで連れてきた。そこでは貴族風の羽根付き帽子をかぶった女性がやや年配の軍人と話をしていて、近くには何人かの店員が控えている。警備や護衛を兼ねているような雰囲気である。



「姉さん、ただいま」


 女性は接客中だというのに、スーは遠慮なく声をかけ、軍人にも会釈する。

 姉さんと呼ばれた帽子を被った女性は今まで相手をしていた軍人からゆっくりと視線を移す。彼女はスーと同じ、猫みたいな目をしていた。

 軍人は気にした様子もなく、むしろ笑顔でスーに会釈を返した。


「あら、スー、お帰り」

「友達を連れてきたよ。前に話した、ギュズラの友達だよ」


 スーの姉は軽く一礼した。


「それは遠い所から来たのね。私はスーの姉のレナよ。どうぞお座りになって」

「では、私はこれで…」


 今まで彼女の前に座っていた軍人が腰を上げた。年齢と服装から考えるに、ある程度の階級にある人物だろう。だがマックスにはそれ以上詳しいことは読み取れなかった。


「またいらしてくださいな」


 レナは金を受け取ると貴族的な笑顔を浮かべ、親しげに手を振る。軍人は隣の椅子に置いてあった外套に身を包んで去っていった。


「こっちがレオン、こっちがマックスだよ。何か食べさせてあげてよ。僕がおごるからさ」

「レオン、降ろすぞ」

「…いてっ」


 レオンは苦労して椅子に座る。心配そうにそれを見ながらスーは剣を返した。


「あらあら、ケガをしているの?」

「それが、姉さん」


 スーは何があったのかを話した。レナはカウンターから出てきて心配そうにレオンを見る。


「まったく…スー、あなたがのんびりしているからお友達まで巻き込むのよ。私が応急手当をするわ」

「まぁ、巻き込まれたっていうより、オレたちが勝手に手を出しただけだけど…」

「おれたち、って何だよ。おれは止めただろ」


 レオンが決まり悪そうに口ごもるのをマックスは横目でにらむ。


「同じことよ。ほら、みせて」


 レナは少し色褪せているが作りのいい黄色のドレスの裾をつまんでしゃがんだ。羽根付き帽子がずれて肩くらいの、濃い金の巻き髪がゆれる。雰囲気もそうだが、スーとはあまり似ていない。

 それを見てレオンがポーっと頬を赤くしたのにマックスは気づいた。面倒ごとに首を突っ込んだ罰としてあとでからかってやろうとにやにやする。

 

 手当てをしている間にカウンターに控えていた店員が料理を並べ始めた。色気より食い気のマックスは早速湯気をたてているスープ皿に手を伸ばす。


「いただきます!」

「大したけがじゃなさそうよ。よかったわね。すぐに歩けるようになるわ。でも後でもっとちゃんとした手当てを受けないとだめよ」

「あ、ありがとう…」

「この辺りはあまり治安がよくないのよ」

「ところで」とスーはパンをスープにつけながら言った。「二人はいつからここに来てたの?」


 マックスとレオンは顔を見合わせる。


「え~と、今日?だよな?朝王都の門を通って…」

「え!今日?」


 マックスはギーズ侯爵の馬車で王都に入り、ポルカ伯爵の屋敷に案内されたのがずいぶん前のような気がしていた。


「まぁ、来た早々、ケンカに巻き込まれるなんて、忙しい人たちね」

「何か忙しすぎてもう三年ぐらいいる気がするぜ」

「ねぇ、宿は取ってる?もしよかったらうちに泊まりなよ。二階は宿屋になってるんだ」

「ありがとう、でも大丈夫。泊まる場所は決まってて変更はできないんだ」

「そっか、ちょっと残念」

「お二人はお仕事でいらしたの?」


 マックスとレオンはまた顔を見合わせる。


「う~ん。仕事っていえばオレは仕事の一環なのか?」

「そ、そうだな。おれは付き添い?別に遊びに来たわけじゃないよな?」

「あ、いいにくいなら言わなくていいよ」

「いや」とレオンは言った。「お前にならむしろ聞いたほうがいい。実は人を探してきたんだ。前に病院でお前が話していたリーザニカって人だ。魔女ってうわさの」


 レナもスーも一瞬驚いて動きを止めた。マックにはその瞬間が、なぜかとても奇妙に思えた。


「王都では有名人なんだろ?会えるかどうかもわからないし、何でもいいから話聞かせてくれよ」

「魔女といううわさの、あの方…?私たちも一通りのそのうわさでしか知らないわよ。貴族の方なら会ったこともあるでしょうけど、ここにそんな方は来ないもの」


 二人から聞けた話はギーズ侯爵から聞いた話と大差なかった。それで話題は王宮の奥に暮らす人物から王都全体のことに広がっていった。


「まだ王都にいるんならさ、今度僕が色々案内してあげるよ!」

「そうだな。それも面白そうだ」


 話しこんでいるうちに、部屋のカラクリ時計の人形が動き出して、鐘を五回撞いた。マックスは部屋の小さな窓の外が暗いことに気がついた。


「日が落ちるのが早いんだな。夕方だけど、真っ暗だ。レオン、そろそろ戻ったほうがいいんじゃないか?足の具合も心配だし…」

「そうだな。ここからだと遠いからな」


 レオンはマックスの肩を借りて立ち上がる。


「お帰りになるのね?ところで道はわかるかしら?」


 レナの声に二人は足を止めた。


「…そうだった。どうやって戻ればいいんだ?」

「まぁ、大通りで辻馬車を拾えばいいだろ」

「あら、レオン君の足じゃそこまで歩くこともままならないわ。スー、お友達のために馬車をかしてあげなさい」

「わかってるよ。二人ともついておいで。僕たちが使ってる馬車をかしてあげるね」

「ありがとう」


 ついたての裏にある小さな扉から店の裏に出ると、そこには厩舎が建っていた。辺りは塀で囲まれていて、店の裏にそれとわからぬように実に巧妙に建ててある。この店がスラム街にあることを一瞬忘れてしまう。

 スーが声をかけるとどこからか御者が馬車を曳いて彼らの前に現れた。


「この馬車は普通のお客さんには使わせない、店の関係者が使うものなんだ。君たちは特別だよ。さ、乗って」


 馬車自体は大通りで見かける辻馬車と変わらない。もっともスラム街にある酒場の設備としては十分に特別なものだ。

 二人は馬車に乗り込んだ。スーが扉の所で振り向いた。


「ところで、どこに送ればいい?」

「ポルカ伯爵様のお屋敷に」

「伯爵様のお屋敷?」


 スーは驚いたが、馬車の戸を閉めながら御者に向かって叫んだ。


「貴族街へ!ポルカ伯爵様のお屋敷だ!」


 馬車は動き出して、凹凸の激しい道を走り出す。


「伯爵様のお屋敷に泊まってるなんて驚いたよ」

「実は、ギュズラの領主のギーズ侯爵様が王都に行かなきゃならないから、オレたちをついでに連れてきてくださったんだ。ポルカ伯爵様はリーザニカ様って人に直接会ったこともあるって方だから、何か話が聞けるだろうし」

「ああ、そうだったんだ」


 それからレオンは妙にニヤついた顔をした。


「それにしてもスー、お前あんな美人の姉ちゃんがいたんだな。どうしてもっと早く紹介してくれなかったんだよ?」

「えー、だってレオンは病院を出たらすぐに帰るって言ったし、姉さんは仕事で店からほとんど出ないし、会わせる機会なんてなかったじゃないか」

「そりゃそうだけど…」

「まぁまぁ」とマックスは口を挟む。「出たよレオンのタラシ。それにしても、お前たちってあんまり似てないよな。雰囲気って言うか、髪の色とか。目元は似てるけど」


 スーはあっさりそうだねと言った。


「僕たちは父さんが違うんだ。母さんは何代も前からあの酒場をやっていて、今は姉さんが引き継いでいるんだよ」

「へぇ、そうなのか、若いのに立派だな」


 馬車はだいぶ前から石畳の上を走っていて、辺りはだんだん静かになってきた。貴族街に入ったのだろう。

 やがて馬車が止まった。御者が門番小屋に近づいて声をかけ、スーは窓から様子を見て馬車の戸を開けた。


「着いたみたいだよ。さすがにこの馬車じゃ入口まで送れないけど、レオン、大丈夫?」


 御者から話を聞いた門番は鉄門を開けた。


「悪い、マックス、肩かしてくれ。それで何とかなる」

「スー、色々ありがとう!」


 スーは屋敷の前庭を歩く二人に向かって手を振った。


「居酒屋『不死鳥』だよ!また遊びに来てね!」

「レナさんによろしくな!」


 辺りは暗いので、スーにはもうマックスたちの姿が見えない。同様にマックスたちも鉄門が閉められる音の中に、馬車の走り去る音が聞こえても、その姿を見ることができなかった。


母ちゃん(マリア)、侯爵夫人ロゼ魔女リーザニカとキャラが濃ゆい女性ばかり出てきましたが、やっと普通っぽい女性レナが出てきました!

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