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ちょっと暴力表現があります。ケンカ勃発です。

 二人は馬車で通った道を逆にたどって、大通りに出た。そこを行き交う馬車の間を縫って反対側の通りに入る。


「おいレオン、大通りを見るんじゃないのか?」

「まあまあ」


 レオンにはどこか目指している場所があるようだった。徐々に細く、入り組んだ道を迷いなく選んで進んでいく。マックスは大人しくついて行くしかない。

 道の両脇には土が付着した茶色い雪が積み上げられ、そのそばでは女が数人でしゃべり散らしながら雪をかきわけ、積み上げていた。しゃべる速度のほうが早いのは言うまでもない。


「さっきの所とは雰囲気が違うな」


 マックスは女たちの服装を見て言った。さらに見上げてみると民家のバルコニーでは洗濯物を干している。


「庶民的だな」

「そりゃそうさ。普通の住宅街だぜ?」

「行きたい所ってここか?」


 二人は広い通りに出た。


「まあな。どうせ見て回るんならこういう所の方がオレたちにはあってるだろ」


 そこでは人々は忙しそうに動き回っていた。ここを通る馬車は荷馬車が中心で、そうでなければ乗合馬車のどちらかであった。


「ここをまっすぐ行くと広場があるんだ。大衆劇場とかあるんだぜ」

「店もたくさんあるんだな。せっかくだから何か土産を買っていこう。いかにも王都って感じの物」

「何だそれ?」

「で、受付とか食堂に置いておくんだ」


 二人は談笑しながらのんびりと、脇の商店をのぞきながら歩いていた。


「さっきの蝋燭屋の女の子、かわいかったな~。何か買っとくんだった」

「今ここで蝋燭なんか買ってもしょうがないだろ」

「絵が描いてあるヤツ、けっこうよかったと思うけど」

「実用品なら絵の意味ないよ。無駄遣いだ。それにレオン、お前あんな変な絵が…」

「いってぇ~!」


 マックスの否定的な発言は第三者の叫びにかき消された。道行く人々の多くもその動きを止める。


「何だ?」


 二人は辺りを見回した。動きを止めた人々の大半は他者のことには構っていられないらしく、もう普段どおりに歩き出している。


「マックス、あっちだ」


 レオンは通りの向こうを指す。一本奥の、細い通りに入る所に彼らと同じようなヒマ人が何人か様子をうかがっている。二人はそれに近づいていった。


「ごめんなさい…」


 野次馬の頭越しにおどおどした少年の声が届いた。


「ごめんですむ問題か!」

「うう、いてーよ…骨折れたんじゃねぇ?」


 マックスは隣に立っている旅行者らしい男に小声で話し掛けた。


「何かあったんですか?」

「古典的かつ典型的な言いがかりってやつだね。まったく今時の若いもんは…」


 彼はそう言うと関わるのはよそうという風に足早に立ち去っていった。後ろにいてその話を聞いた何人かの人もそれに続く。

 それを見てレオンはあえて前進した。そんなレオンにマックスは慌てる。


「レオン!面倒ごとを起こすなよ!」

「だって何かこういうの、気分悪いだろ」


 最前列から路地を覗き込むと、五人ほどのいかにもガラの悪い男たちが少年を囲んで息巻いていた。路地は狭く、少年に逃げ場はない。彼はフードを深く被っていて顔は見えないが、声からして困惑していることは明らかだった。


「わざとじゃないし、こんな狭い道でよけるのも大変だし、よけないそっちも悪かったんじゃないの?」

「何だと!」


 男の一人が少年を殴った。彼はよけるヒマを与えられず、端に積まれていた茶色い雪の上に倒れこむ。そこをさらに別の男が蹴りを入れた。少年は悲鳴をあげて雪の上を転がる。


「何だよ、大人が寄ってたかって、かっこわりぃ」


 男たちは声の方に振り向くとそこには赤毛の若い男が悠然と立っていた。


「お、おい、よせよ!」


 マックスは制止を試みるが…。


「やることがちいせーんだよ。お前らそんな子供に突っかかって楽しいのか?」


 レオンはマックスの制止を無視して続けた。やっちまったな~とマックスは悟りの境地に至る。


「…お前、誰に向かって口きいてると思ってんだ?」

「バカ野郎ども」

「…言わせておけば」


 彼らは路地の少年から離れ、みなでレオンに向かった。どれもこれも野蛮で、ケンカにだけは強そうな顔をしている。


「後悔してもしらねぇぞ!謝るんなら今のうちだな」

「そっちこそ、ギュズラ一の剣豪レオン様にケンカ売るなんていい度胸じゃねーか!」

「ぎゅずらぁ?」

「何だそれ?」

「この本物のバカが!ギュズラもしらねーのかよ!」


 ギュズラは田舎なので王都で知る人は少ないのである。マックスはそれに気づいたが別に注意してやるほどのことではないので黙っていた。


「口のへらねぇ奴だ!ここは一つ俺様が本物の剣豪かどうか試してやる!」

「へぇ、決闘ってやつかい?腕が鳴るぜ!」


 集団の頭らしき男が外套の下から剣を抜いた。レオンもそれに倣った。白刃がきらめき、通りにはにわかに喧騒が起こり、物見高い連中が集まってきた。


「お、おいレオン!」

「大丈夫だって!大人しく見てろ!」

「よくねーよ!怪我したらどうするんだ?せめて互いに組手にしろよ!それに騒ぎが知れて、見回りの兵士とか治安何とかの役人が来たりしたら…」


 マックスの声はその場にいた人々の中で、ただマックスの耳に入っただけであった。群衆特有のざわめきの中、見物人も当事者も勝負に夢中になっている。

 通りを占領して戦う二人はほぼ互角の腕前だった。片方が斬りつけ片方がよけるたびに野次が飛び、歓声が上がる。よけそこねた方の外套の切れ端が飛ぶたびに、見物人がそれをめがけ手を伸ばす。群衆の中ではマックスだけが生きた心地がせず、周りをうろうろしている。


 前世でも今でも、穏やかに生きてきたマックスにとってこんな殺伐としたケンカに出会ったことはない。

 そして彼の嫌な予感は的中した。元々彼はこれが公正な勝負なのかが心配でたまらなかった。

 レオンが足払いをくらって横転したのである。


 手…ではなく足を出したのは対戦相手ではなくその手下っぽい男だった。

 見物人からは野次が飛んだ。だがそんなことを気にするような連中だったら最初から路地で少年を殴らない。

 レオンはすぐには起き上がれなかった。倒れた時に足をひねったのか、苦しそうな顔をしている。


「レオン!レオン!」


 マックスは必死に見物人をかき分けレオンに近づく。


「卑怯じゃねーか!」

「ふん、残念だったな、剣豪さん」


 意地悪く笑った対戦者の剣が、レオンの襟首に突きつけられる。その時。

 白い煙が爆発した。

 しかし火は出ず、一瞬遅れてパチパチと高い音が響き渡った。群衆がどよめく。


「な、何だぁ!」


 煙を吸い込んでむせりながらレオンの対戦者は叫んだ。マックスはこのすきを逃さず煙に紛れてレオンの元に駆け寄り、肩を貸して助け起こす。その拍子にレオンは剣を落とした。

 それを横から出てきた人物が素早く拾い上げる。


「こっちだよ」


 誰かと思えばさっき路地で殴られていた少年だった。彼は外套の奥から何か丸い物を取り出すと無造作に放り投げた。

 それは地面に着地するやさっきと同じ白い煙の爆発をひきおこす。群衆は二度目のこの事態に完全に混乱していたので、彼らはそれに乗じて引き下がった。


 少年に路地を先導されて、二人は騒動の現場から迅速かつ安全に離れることができた。通りのどよめきも建物に遮られて遠ざかり、彼らが急ぐ足音と、遠慮がちな住民の囁きだけがそこにある。

 路地が狭いのと移動の速度を重視して、レオンはマックスが背負っていた。やはり彼は足をひねったらしく、歩けないのだ。


「足元、気をつけてね」


 フードの奥で少年は言った。

 彼の言うとおりこの辺りの路地はろくに雪かきもされておらず、滑りやすかった。両脇の建物も古くて汚くて陰湿な印象だ。しかも野菜の腐ったような、気分の悪くなるような臭いで満ちている。


「このあたりは?」

「スラム街って言えばいいかな」


 少年は独りごとのように言った。

 いまさらだがマックスはもしかしてこの少年は自分たちを助ける「フリ」をしてやばい場所に連れて行くんじゃないかと怖くなる。


 少し広い通りに出た。だがそこにも活気はほとんどなく、人がいないわけではないのに閑散としている。両脇には布を張っただけのテントのような物がならび、住居を持たぬ人が雪に半ば埋もれながら力なげに座り込んでいた。

 ひびの入った壁や枯れた植物が絡んだ屋根などが辺り一帯の建物の特徴の全てだった。


 もっともこれらが降り積もる雪に今まで何とか耐えてきても、実際の所いつ崩れるかわからないということは、何軒か先の壊れた建物の残骸を見れば容易にわかることだった。

 これは…本格的にまずいかもしれない…とマックスがひそかに後ずさりしたところで、少年がこちらに振り返った。


「ここまで来ればさっきの奴らにも見つからないよ。レオン、さっきは助けてくれてありがとう」


 彼はフードを下ろした。濃い茶色の髪の、猫みたいな目をした少年だった。レオンは彼を見て数回瞬きをして、あっと叫んだ。


「スー!お前、スーだな!」

「そうだよ。まさかこんな風にまた会うとは僕も思わなかったよ」

「何だぁ?」


 マックスはあきれた風に言った。


「お前ら知り合いだったのか?びっくりさせやがって!」

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