第四章 王都にて
この章のサブタイトルは「マックスとレオンの修学旅行」です!
おれは生まれて初めて旅行を体験した!そして王都にやってきた!
何せ実家は宿屋、旅行客を迎え入れる側だ。そしてギュズラは領主様のおひざ元とはいえ、田舎だ。そこから馬車に揺られてあちこちの宿屋に泊まって…。結構楽しいな!
毎日毎日、宿につくたびに騒いでレオンにはあきれられ侯爵様には珍獣を見るような目で見られたけど、そこは察してほしい。これは敵情視察ってやつだ!宿屋の息子のおれがほかの宿屋に泊まる、いろいろ発見があったぞ!
「灯火」は食堂に来て食事をするけど、ちょっと大きくて貴族様が泊まるようなところだと部屋に食事をもっていくサービスがあるんだな。うちではそういうのやってないけど、やり方工夫すればできそうだ。帰ったら父ちゃんに相談してみよう。
他には、広くて豪華な値段の高い部屋が上の階にだけあって特別感を出してる。スウィートルームっていうらしい。これは…、うちみたいところで特別感なんて出したところで泊まる人いないだろうし、そもそもそんなに広い部屋がない!
保養地って言われるところには温泉ってのがあって常にあったかい浴室が備えてあった。…これは、なんだかすごく懐かしいぞ。ずっと前の…前世の記憶とやらが呼び覚まされそうだ!それからそれから…。
おっと…このまま宿屋語りしてても話が進まないな。
王都は本当に広い。侯爵様の知り合いの伯爵様のお屋敷もびっくりするほどきれいで、おれとレオンは本当に場違いって感じがする。まさかおれが貴族様のお屋敷に客として滞在するなんて、思ってもみなかった。
いやぁ~、一生分の貴重な経験してるな!じゃなくて!いけないいけない…。
初めてのことについ浮かれた感じになったけど、ここには遊びに来てるんじゃない。カリストさんの残した手がかり…魔女ってうわさのリーザニカ様を探しに来たんだ。
ギュズラで話聞いた時はウソっぽいって思ったけど、実際に王都に来てみるとそういう人がいてもおかしくないって考えに変わった。だってすっごく広いし、王族はもちろん、貴族も平民もたくさんの人がここに住んでるんだ。魔女の一人や二人潜んでいてもおかしくないよ。
王都でお世話になるポルカ伯爵様はリーザニカ様に会ったことがあるらしい。でもその伯爵様は王宮にいてすぐには会えないみたいだ。おれとレオンはきれいなお屋敷の中で待ってても落ち着かないから王都観光に繰り出すことにした。
レオンは乗り気だったけどおれはちょっと心配だ。知らない場所で迷子になったり、トラブルに巻きこまれて侯爵様たちに迷惑かけたら…。
けど、ずーっと馬車で移動して運動不足だし、もうこれから一生、王都に来るなんてないかもしれないから行ってみることにした。
馬車に揺られながら思ったんだけど、前世では便利な乗り物がたくさんあったはず。こういう長旅もあんまり気にならなくて快適で…。いやいや今回乗った馬車も、侯爵様が使ってるものだから、相当いいものだってのはわかる!レオンが普通は全然違うぜって言ってたし。
けどそれと比べても前世の乗り物はすごかったっていうのがわかるな。前のおれ別にえらくもなんともない普通の学生だったけど、そんなおれでも、というか誰でも便利で快適な早い乗り物に普通に乗れたのが前世の世界・日本って国だった。しかもその便利な乗り物は何種類もあって、陸海空どれも移動には困らなかったな…って言ってもくわしく覚えてないけど。というか、空を移動できるってのがこの世界では常識的にありえないから比較にならない。
逆に考えると今のおれたちみたいに移動に何日もかけるっていうのは、時間の使い方としては贅沢かもしれない。前の世界ではすべてが早く済む分、みんないつも何かに追われてるような感じがあった。といっても前のおれはあんまり外に出なかったから旅行どころか、そういう便利な乗り物もあんまり使ってなかったかもしれないな。
今回の旅行、侯爵様の馬車に乗せてもらってここまで来たけど、緊張した~!
侯爵様は元々旅行好きだってこともあってけっこう身軽に出かけることも多いらしい。今はご令息がまだ小さいから前ほど出かける頻度は下がったっておっしゃってた。それで普段からあんまり従者も護衛もつけずに出かけることもあるから、おれたちを話し相手兼従者みたいな感じで連れてきたみたいだ。もっとも恐れ多すぎておれたちじゃあ従者も務まらない…。
ちゃんと従者さんも一人連れてきてるけど、その人を差し置いておれたちが話相手っていうのも、緊張する原因だ。侯爵様にとってはおれたちと話すのがおもしろいみたいだけど、大丈夫かな?おれたち失礼なこと言ってないよな?
ギュズラは治安がいいから身軽でもいいみたいだけど、王都の方は大丈夫なのかな?侯爵様自身が戦える方なんだけど、護衛に仕事させないとまずいんじゃないかな?一応御者が護衛の騎士様だって話だけど一人って…。
といってもこの領主様、出かける前にふらっとうちの食堂で一人で食事してたぐらいだし、もしかして普段からばれないように変装して一人であちこち出かけてたのかも?うん、大いにあり得る。
領主様なんておれにとっては雲の上のお方…一生言葉を交わすこともないと思ってたのに、まさか同じ馬車に揺られることになるなんて!ほんとびっくりだよ!
その侯爵様は絵の中から飛び出してきたかのような美男子だ。なんか、金髪が光を浴びてるわけでもないのにキラキラしてる、気がする。碧の瞳はおれの残念な語彙力では「宝石のような」としか例えられない。
前世風に言うとキラキラ王子様風のイケメンって感じかな?おれが女だったらうっかりときめいてもおかしくない。うん、男で良かったよおれ。
侯爵様はご結婚されて嫡男もいらっしゃる。愛妻家で子煩悩と知られているから、うっかりときめいたっていいことはない。もっとも領地ではそんなことみんな知ってるから、侯爵様に憧れるといってもそれはあれだ、前世風にいうところの「推し」みたいな感覚だな。
領主様、お貴族様っていうとイメージは普通はあんまりよくないけど、ギュズラでは代々ギーズ家が領地を守って領民の生活をよく考えて下さっているから良い印象しかない。強くて頼りになっていつも領地にいてくれる、その上美形一族とくればギュズラの民は王家よりも侯爵様に忠誠を誓うのは当然だ。
王家は相当やっかんでるんだろうな。うーん、そう考えるとやっぱりもっと護衛をつれてくるべきだったんじゃないかな?けど今お世話になってるポルカ伯爵様は侯爵様の遠縁にあたる方で信頼できる方だから、このお屋敷にいる分にはいいのか。そもそも王宮で用事を済ませたらすぐに帰るって話だし。
それにしてもおれがギュズラから遠く離れた王都で、魔女のうわさを探りに、領主様と一緒に出かけて貴族様のお屋敷に滞在するなんて、本当に思ってもみなかった!
家業の関係でギュズラを出ること自体、ほとんどないから一生王都なんて来ないと思ってたからな。…いやいや、観光目的できたんじゃない!おれたちにはちゃんとした目的がある。
けど、初めての王都で、浮かれてたっていえばそうだな。レオンと一緒に伯爵様のお屋敷から出かけたおれはまだこの後、怒涛の展開に巻き込まれるなんて知るはずもなかった。