Ⅳ
関所をいくつか通過し、ギュズラから離れるにしたがって、窓の外の景色も秋から冬の色へと変わっていった。それも当然のことで、彼らが王都の手前の宿に着いた時にはもう11月も終わるころとなっていた。
慣れない旅で疲労の色を濃くしていたマックスとレオンだったが、ここにきて王都は目の前だと聞かされて歓声を上げた。宿に着いたのは夜で暗くて見えなかったが、この宿は本当に王都の目の前に建てられているのである。
王都の門は夕暮れになると閉められてそれ以後の出入は翌朝まで禁じられているので、夕方以降に王都にやってきた旅人のためにこの宿は建てられたのだ。
翌朝になると門の前で馬車や人々が列を作って開門を待つ。やがて高い壁の向こうから開門の合図である鐘が鳴り響き、門番たちによって門が開けられる。御者たちは一斉に鞭を振るい、待っていた馬車群は次々に王都へ吸い込まれていく。
その一方、王都の中で開門を待っていた馬車が次々に街道に吐き出されて、あたりは一時騒然となる。徒歩の者、馬にまたがった者は入り乱れる馬車の間を巧みに縫いつつ、それぞれの目的地を目指す。
これは王都にある四つの門で毎朝繰り返されることで、近隣住民にとっては生活の一部であるが、旅行者にとってはある種の事件であった。マックスとレオンは雪景色に彩られたこの事件を窓から興味深そうに眺めている。二人はまだ王都に着いたという実感が湧かないでいた。
また王都には滅多に行かないと公言しているギーズ侯爵にとってもこれは一種の事件であった。ただ彼はマックスたちとは違って、この事件を目にすると王都に着いたという実感と共になぜだかため息が漏れるのである。
彼らを乗せた馬車は大通りを直進していった。両脇には雪の中いくつかの露店が通行人を引きとめようと威勢のいい売り声を上げている。春になれば露店の数は増え、一層賑やかになるという。
奥に行くほど馬車は一台また一台と目的の通りに入っていくので、結果的に大通りを走る馬車の数は減っていった。それに比例して通りに響く都会の喧騒も鳴りをひそめていった。
気がつけば周りの建物は大きく、それが木々や高い塀に囲まれている。大通りからわき道に入ると他の馬車は見当たらなかった。
「前に王都に来た時はこんな所には来なかったな」
レオンは外を眺めてつぶやいた。
「ここは貴族街だよ。王都に住んでいる貴族たちの屋敷が集まってるんだ」
「ああ、それじゃあ来たことがなくて当然です。この前来た時は、もっとごちゃごちゃした感じで…」
「違う入口から入ったんだろうね。王都には四つの門があって、さっき通ったのは貴族街に一番近い門だったから」
馬車はある屋敷の前で停まった。青い屋根を頂いた屋敷は決して小さくはないのだが、前庭が広い分小さく見える。前庭の真ん中には木々がしげっていて、建物の正面を一部隠していた。この茂みを回った左右の石畳の道が車を導くため門と玄関をつなぐ。前庭には昨晩降った雪がつもり、陽光を受け輝いていたが、石畳は綺麗に雪かきがされている。
「ここが今日から世話になるポルカ伯爵の屋敷だ」
侯爵は屋敷の主について簡単に説明した。
ポルカ伯爵はギーズ侯爵家にとっては遠縁にあたる人で、先代の友人であった。王宮では書記官をしていて、侯爵が話していたリーザニカに会ったこともある有力な情報提供者とは彼のことなのだ。
門番は御者が声をかけるとすんなり門を開けた。馬車は半円を描いて車寄せに止まる。すでに玄関には侯爵を向かえるために伯爵の執事が出迎えにきていた。窓から侯爵の馬車が来たのが見えたのだ。
「パトリック様、ようこそおいでくださいました」
ポルカ伯爵の執事は恭しく会釈をし、侯爵が馬車を降りるために手をかした。それに続き、マックスとレオンは緊張した様子でカバンを抱えて降りてきた。
「執事殿、マックス君とレオン君だ」
「はい、手紙よりうかがっております。ギュズラの方ですね。ようこそ。それでは皆様、お部屋にご案内いたします」
執事は先に立って案内役を勤めた。玄関に控えていた使用人たちが各々のカバンを持ってそれに続く。
あいにくポルカ伯爵は不在で明日まで戻ってこないとのことであった。だが伯爵の甥がいるとのことなので、侯爵は旅装を解いた後まず彼に会うことにした。ポルカ伯爵は四十代後半だが結婚はしておらず、子供がいないため甥を引き取って後継ぎにしているのだ。
自分の部屋がすっぽりと入るような部屋に案内されて、マックスは落ち着かない。もっというと自分よりこざっぱりした格好の使用人にかしずかれることが奇妙で居心地が悪かった。
「やっぱりおれって庶民なんだよな」
彼は着替えるなり部屋を出たが、廊下の広さと装飾にどぎまぎして立ち尽くしてしまった。
そこに隣の部屋からレオンが出てきた。
「ようマックス、お前も部屋にいるのは落ち着かないか?」
「当り前だ」
「はは、オレもだ」
「伯爵様は明日まで戻らないって言ってたよな。おれたち、何してればいいんだろう…」
「掃除の手伝いをする必要はないと思うぜ?」
「誰が掃除したいって言ったんだよ!」
「お前の言いそうなことだろ」
「そんなこと言うか!第一ここは手入れが行き届いてる。常にほこりがたまってるお前の家とは違うんだぞ」
「わかったわかった。そうだマックス、どうせすることがないなら出かけようぜ」
「どこに?」
「どこってせっかく来たんだ。王都を見てまわろうぜ」
「でも、出かけて大丈夫か?」
「平気だろ。伯爵様はまだ戻ってこない、侯爵様はゆっくりしてる。出かけるってちゃんと言っておけばいいだろ」
「そうだな」
外套を着込んできた二人は先ほどの執事を探して出かけてくる旨を伝えた。彼は馬車を用意するといったが、それをレオンは丁重に断った。
「せっかく馬車を用意してくれるって言われたのに、何で断るんだよ?寒いだろ」
先ほど馬車で通ったばかりの、前庭の石畳の上を歩きながらマックスは非難がましく言った。
「だってマックス、よく考えてみろよ。伯爵様のお屋敷の、綺麗な馬車借りたってやっぱり居心地悪いだけだぜ?それに馬車に乗ってお決まりの名所めぐりなんかつまんねーよ」
「そりゃそうかもしれないけど…迷ったらどうするんだよ」
レオンはそれには答えなかった。
「やっぱり自分の足で歩いてこそ、だ!馬車で素通りしただけじゃわからない面白さってのがきっとあるぜ?」
「それはまぁ、そうだろうけど…」
「大丈夫だって。それにオレたち寒いのには慣れてるだろ。だいたい、歩いてるうちに暑くなってくるさ!」
門番はこの屋敷に溶け込めていない雰囲気の二人を奇妙に思いながら見送った。