Ⅲ
作者は残念ながら空間把握能力に乏しく、地図が読めずに迷うタイプです。加えてリアルワールドでは引きこもりがちで地理感覚が発達してない人種です。
よって旅行の日程的な数字はふんわりとしたイメージです。ギュズラ~王都は結構遠いということを言いたい話w
「ああ、快適だねぇ」
窓の外には秋色のギュズラの大地が広がっていた。
すっかりくつろいでいる侯爵とは違って、その向かい側に並んで座っているマックスとレオンは緊張のあまり固まっている。マックスは緊張をほぐそうとレオンに話を振った。
「お、おい、レオン、王都って遠いのか?どれぐらいこうやって馬車に乗ってるんだ?」
「ええっと、オレが行った時はどれぐらいかかったかな?帰ってくる時はえらい時間かかったけど」
「そうだねぇ、思いっきり急いで夜通し馬車を飛ばせば、七日ぐらいで着くかな。元々この馬車は早いからね」
侯爵の答えにマックスは素直に驚いた。
「へぇ、おれそんなに馬車に乗るのはじめてだ」
「だってお前、町から出たことほとんどないだろ」
「買出し行っても日帰りだし」
「でも夜は冷え込むからもう少しのんびり行くよ。御者と馬がかわいそうだ。それに夜に馬車を走らせるのは危険だ。盗賊や追いはぎが出るからね。夜に街道を急いで走ってる馬車なんて目立つだろ?」
「物騒なんですね…」
「ギュズラは田舎で、平和だよ。私の領内ではそういうことはほとんどない。でもその先は用心するにこしたことはないね。ただリーザニカ嬢に会うのは早いほうがいいって言ったのは私だからね。少しは急いで…十日と少しぐらいみておこうか。順調なら多少早いさ」
雑談の流れでマックスはかねてから疑問に思っていたことを聞いてみようと思った。
「あ、あの、侯爵様、それでいくつか聞きたいんですが」
「何だい?」
「おれたちが会いに行くリーザニカ様って人、1000年以上生きてる魔女ってうわさの人ですけど、その話は本当なんですか?」
「ああ、その話か。まあ信じられないのはわかるよ。ただ私は詳しくは知らなくてね。実は私もリーザニカ嬢には会ったことがないんだ」
「そうなんですか!」
レオンは意外そうに言った。
「遺跡に関する報告書は侯爵様が王都のその人の所に送ってるんですよね?」
「そうは言っても、実際に私が王都に出向いて手渡しているわけではない。王都に出す必要があるいくつかの手紙の一通という認識だね。書いてあることは読めないけど、領地に不利になることはないと、鍵の継承者の制度が作られた時に誓約があるから信じて仲介しているといったところだ。まあ、そうは言っても『リーザニカ』という名自体、本名かどうか誰も知らないけどね」
「た、確かに」
「もっともカリスト殿は知っていたんだろうね。鍵を渡してほしいと言ったぐらいだから。会った事もあったのかもしれない。私もうわさでしか知らないけど、何十年も姿が変わらないというのは何人かの知り合いから聞いたよ。社交界には出入しているから、貴族たちの中には当然彼女の知り合いもいる」
「実在の人物であることは確か、ということですね」
「そうだね。私は知ってのとおり、王都には滅多に行かないからよく知らないけれど」
「じゃあ、人の言葉を話す黒猫を飼ってるって話は?」
「やはり私は見たことがないけど、見たという人の話は聞いたことがある。国王陛下を裏から操って、国を意のままに動かしているという話もあるよ」
「あ!それは王都にいた時に聞いたことがあります!」
「ああ、戦争の時だね。その話は疑いないよ」
「国王陛下の影で…つまり、黒幕?」
「年をとるとらないという話はさておき、かなり長い間王宮に住んでいるんだ。それなりの権力は持っていて当然だ」
「確かに。偉い人なんですね」
「詳しい話はまた王都で聞けるよ。私よりも有力な情報提供者がいるからね」
「王都に?」
「そう、私が王都に行く時いつも世話になっている知り合いがいてね。彼は普段から王宮に出入しているから、リーザニカ嬢に会ったこともあるし、色々聞けると思うよ。今目指しているのは王都にある彼の屋敷だ」
「ところで」とマックスは言った。「侯爵様は王都に何か用事があるんですか?」
「ああ、言わなかったか?私は国王陛下に呼ばれているのだよ。そうでもないと、私が進んで王都に行くと思うかい?」
「いいえ」
マックスとレオンは同時に言った。侯爵は愉快そうに笑った。
「そう、そのとおり!まったくもって気が進まない。しかもロゼまで嫌だと言って、病気のふりして引きこもってしまったからね。本当に君たちが一緒にきてくれてよかったよ」
旅行は好きだけど呼び出されて王都に行くのは嫌だ、という微妙な心情である。
「君たちはそんな気分じゃないと思うけど、時間があったら気晴らしに王都を散策するといい。せっかくの機会だからね。若いうちに見聞を広めるのはいいことだよ」
侯爵自身も若いのだが、一児の父となった今、ことさらに領地の若者たちにはこういうことを言ってしまいがちである。
二頭の馬に曳かれた馬車は飛ぶように街道をかけていた。日が傾いてギュズラの地平線に太陽が紫の光と共に姿を隠そうとしている時に、馬車は街道沿いの宿に到着した。侯爵は常連らしく、出迎えた主人と親しげに話している。
「今日はここに泊まろう。朝になったらまた出発だ」
「うわ、おれの家よりでかい」
「当り前だろ、街道沿いだからお前の家より客が多いんだよ」
「そ、そうか。そういえばおれ、外の宿屋に泊まるの初めてだ。何か、いいなぁ、こういうの」
その日は和やかに夕食を食べて、明日の朝は早いということで、みな早めに眠ることにした。
翌日、朝食後に馬車に乗り込んで、彼らは出発した。侯爵は宿から持ってきた新聞の封を切ろうとして、ペーパーナイフが手近にないことに気づいた。
「ああ、そうだった。とんだへまをしたね。旅の時はいつも持ち歩いているのに…」
「どうしたんですか?」
「この新聞の封を切って読みたいんだが、ペーパーナイフが近くになくてね。旅の時は時計と一緒に持ち歩く習慣なんだが、使用人が忘れたようだ。おそらくカバンの中に入れたんだろうね。気がきかない奴だ。まぁ、今まで気がつかなかった私も同罪か」
侯爵は座席の下から面倒臭そうに荷物を引っ張り出した。
「あ!これを使ってください」
レオンは遺跡の鍵を取り出した。
「これは、遺跡の鍵かい?」
侯爵は掌ほどもある何の装飾もない銅色の鍵を珍しそうに見た。
「これはただの鍵じゃないんです」
レオンは手首を通すように作られた丸い穴を少しひねる。すると側面に薄い刃が現れた。刃は丹念に磨かれていて、いかにも切れ味がよさそうだ。
「へぇ、面白い仕掛けがあるんだね」
侯爵は新聞が読めるようになってすっかり上機嫌な声で言った。
「年代物だけあって、細工が細かいんだな」
「いつも持ち歩いてるわけだし、実用的な使い道もないと重いだけだからだろ。そんなに使うもんじゃないし」
「レオン、ちょっと見せてくれないか?」
マックスは刃を丹念に観察した。彼はカリストを傷つけたのは「湾曲した鋭い刃物」といわれたことを思い出していた。だが、この刃は湾曲してないし、人を斬りつけたとしても大して深い傷はつけられない。それにカリストはマックスにこの鍵を渡したとき、上着から取り出していた。ということはこれは当時カリストを傷つけることなどできなかったはずだ。
それにしてもなんでこんな仕掛けがあるんだろう?隠し武器にもならないなんて中途半端だ。とマックスは思った。
「おいマックス、何難しい顔してんだよ?」
レオンに声を掛けられて、マックスは顔を上げる。この話をしたものかどうか、一瞬悩んで話さないことに決めた。直感だが、この鍵の仕掛けは何か重大な秘密があるような気がする。
「何でもない。どういう仕組みになってるのか気になって…」
「おいおい、分解してみようなんて思っちゃないだろうな?」
「まさか、そんなことできるわけないじゃないか!」
「あはは、冗談だよ。オレもガキの頃一回やってみようと思ったけど、無理だった」
「やろうとしたのかよ…」
先祖代々引き継いでいるものに対してあんまりな扱いである。
午後になり、宿で用意してもらった軽食を食べた後、窓越しにさす午後の暖かい日差しに誘われて、侯爵は寝入ってしまった。マックスたちは起こすまいと気をつかって低い声で話していたが、そのうちにレオンも寝てしまった。マックスは肩に寄りかかってくるレオンを時々肘で向こうに押しやりながら、気になることを彼なりに考えていた。
1000年以上生きている魔女、といううわさのリーザニカ。どうやら彼女は実在の人物で、1000年かどうかは定かではないが、長い年月を生きていることは確からしい。
だがそんな彼女が、王宮でも一角の権力を持つ魔女が、ギュズラなんて田舎の遺跡に何の関わりがあるのだろう?きっと遺跡には重大な秘密があると考えることがもっともそれらしく思えた。
ではその秘密とは?
それこそ彼女しか知らない秘密である。彼女に会ってもいないのにそれを詮索してもムダだ。マックスの考えは結局この結論に至る。リーザニカ本人に会うまで、何度も思考のループにはまるだろう。
夕暮れ、馬車は街道沿いに建てられた宿に到着した。侯爵の馬車は広く作られていて、それほど窮屈さを感じないといっても、ほぼ一日座りっぱなしだと体が痛くなるものである。
「ふぁ、今日眠れるかな?さっき昼寝しちゃったし」
レオンは伸びをしながら言った。
「無理に眠る必要はないよ。むしろ馬車の中で寝たほうが時間つぶしになるからね」
侯爵は旅慣れているようでさして疲れた様子も見せない。一方思考のループにはまっていたマックスは妙に疲労感がたまっている気がしている。
翌日も前日と同じように朝食後に出発した。侯爵は昨日、宿に入るなりペーパーナイフを取り出して、時計と一緒に上着の内ポケットに入れておいたので、その日は難なく新聞の封を切ることができたのだった。
レオン君にとって遺跡の鍵はペーパーナイフの代用品です。
え?そんな扱いでいいの?(いやダメでしょ!)とマックス君もちょっと引いてる。