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第12話 4月21日の命日

 前回ここに来た時と、同じ場所に止まった車から降りる。


 「じゃあね。2人とも」


 優菜さんが車の窓から顔を出して言う。今から死にに行く人間に送る、最後の言葉に添える声は、随分と淡白なものに僕は聞こえてしまった。


 僕たちから視線を外して、優菜さんがハンドルを握った時に、隣の日夏ちゃんが声を上げる。


 「あ、あの!優菜さん、ありがとうございました!私、誕生日を祝ってもらうのも、あんなに美味しいケーキを食べるのも初めてで、楽しかったです!」


 「ふふ、良かった。私も楽しかったよ。ハッピーバースデー日夏ちゃん」


 優菜さんは小さく笑った後、車の窓を閉めて来た道を車で引き返す。


 「行こうか」


 「はい」


 前回スマホ1台の明かりでは足りなかったため、懐中電灯を購入した。足元を強力な2つの光で照らす。僕たちの足元だけは昼なんじゃないかと、錯覚してしまうくらい明るい。


 「航大君もありがとうございしました。美味しいご飯とか食べさせてくれて。何にも返せなくて申し訳ないです」


 「ああ、そんなん全然大丈夫だよ!」


 懐中電灯で足元を照らすと、表情も何となく見えるくらいに明るかった。


 「そういえば、今日は女装させられなかったなぁ」


 「確かに!前は髪長かったですもんね!」


 「日夏ちゃんも長かったけど、切ったもんね。やっぱり黒色の方が似合ってる」


 前回来た時の、僕の独り言はどこにも無く、僕の言葉ひとつひとつに日夏ちゃんからの返答がある。


 2人の会話で埋め尽くされた道中に苦痛はなく、あっという間に橋まで着いた。


 「...着いたね」


 会話と足がピタリと止まり、橋の下を流れる川の音が耳に届く。橋を懐中電灯で照らすと、昼間なら絶対に渡ろうと思わない程のボロさが見て取れる。


 「...どこから飛び降りる?」


 「うーん。もう少し歩きません?橋の真ん中くらいまで」


 「ああ、いいよ。真ん中からの方が飛び降りやすいもんね。じゃあ、行こうか」


 そう言って一歩を踏み出そうとするが、隣の日夏ちゃんは動かない。僕をじっと見たまま動かない。


 「...手繋いでくれませんか?」


 「え!?何で!?」


 「前来た時は全然暗くて、よく見えなかったけど、今見たら橋もボロボロだし、高い所苦手なんです!」


 「高い所苦手なんだ。意外」


 「...はい」


 右手に持つ懐中電灯を左手で持ち直して、日夏ちゃんに右手を差し出す。僕の右手が、日夏ちゃんの冷えた手に包まれる。


 さっきと比べて、随分とゆっくり歩く日夏ちゃんに合わせて歩幅を狭める。


 「結局日夏ちゃんには、あの格闘ゲームで1回も勝てなかったなぁ」


 「...すみません。つまんなかったですよね?」


 「え?いや〜別に勝つことが全てじゃないし、日夏ちゃん上手だから楽しかったよ!」


 「...ありがとうございます」


 会話がぱったりと止まる。風の音がよく聞こえる。川の音も聞こえる。沈黙を添えるには歩く速度が遅過ぎる。


 「やっぱり、航大君は死なない方がいいと思いますよ」


 「え?」


 急な日夏ちゃんの言葉に足を止める。


 「な、なんで?」


 「だってさっきから、手がずっと震えてますよ」


 手を繋いだ時から感じていた揺れを、日夏ちゃんが指摘する。


 「あれ?この震え、僕のだったの?日夏ちゃんが高い所苦手だから、手震えてるのかと思ってたよ」


 「そりゃあ、ドキドキはしてますけど」


 日夏ちゃんは僕を握っている手を離して見せる。


 「ほら。震えてます」


 「あはは。ホントだ...」


 光に照らされた僕の手は、ビクビクと何かに怯える小動物のように震えている。


 「怖いなら無理して死ななくてもいいんじゃないですか?」


 「...怖いわけじゃないんだ。こっちに来て、日夏ちゃんと優菜さんといる時は、死にたいなんて思うこともなかった。でも戻ったらまた同じだ。死んだら後悔もしなくていいけど、生きてたら、あの時死んどけばよかったって後悔するかもしれない」


 「死んだら後悔することも出来ないですよ」


 開いた口から飛び出す言葉は、脳内に見当たらない。


 「私、最初にここに来た時は怖かったんです。私をいじめてた奴らは、友達もいて誰かに愛されてる。なのに私には誰もいない。この世から消えても誰も気付かないし、誰も悲しまない。でも今は、目の前に私がいなくなったことに気付いてくれる人がいるから怖くないです!」


 日夏ちゃんは今まで見せたことがないバリエーションの笑顔を披露する。その景色を映してから、僕の視界は滲み始める。


 「日夏ちゃんは強いね。僕は心も体も全部が弱い。死ぬ覚悟も出来ないし、こんなところまで来てクヨクヨしてる」


 「別に自死を選択することに強さなんてないですよ。航大君は死なずに生きて強くなればいいんです」


 「ああ、んー、なれるかな...」


 「なれますよ!天国か地獄から見守ってますよ!」


 視界を滲ませる原因を手で拭う。流れ続ける鼻水をすする。


 「泣いてるんですか?」


 「そりゃあっ、悲しいからさ。理由は他にも色々あるけど、日夏ちゃんがいなくなるのが悲しいよ」


 裏返る声と不安定な呼吸は、涙を流していることを隠せない。


 「やり残したこととか、やって見たかったことはないの?」


 僕は最低だ。自分が死ぬのを怖がって無理だったから、目の前の死のうとしている人間にも生きて欲しい。


 「あ〜、お酒飲むことは出来たけど、酔っ払うことは出来なかったなって」


 「まあ、一口だけじゃね」


 「酔っ払って見たかったです」


 「僕もお酒飲まないし、死ぬまで酔わないから一緒だよ」


 日夏ちゃんは少し寂しそうな表情を浮かべてから口を開く。


 「そういえば航大君に言ってないことがありました。私の名前、日夏じゃなくて奇跡(ダイヤ)って言うんです。変な名前でしょ?」


 「うん。日夏って名前の方が似合ってるよ。だから、これからも日夏ちゃんって呼ばせてもらうよ」


 日夏ちゃんは、はにかんだ笑顔を見せる。


 「...そうですか。そろそろ行きますね。暗い間に飛び降りたいから、周りが見えないくらい...」


 日夏ちゃんは錆びついた手すりを、両手で掴んで右足を乗せる。だんだんと離れていく背中に声をかける。


 「...どうして日夏ちゃんは死にたいんだったっけ?」


 「生きたい理由から死にたい理由を引くと、マイナスになっちゃうからです」


 「そっか。でも数より質じゃないの?」


 「私は大きい数の方が怖いです」


 手すりに立ち上がった日夏ちゃんは、こちらを見ずに答える。もう何を言っても日夏ちゃんは手すりから膝を折って、僕と同じ場所に戻ってくることはない。


 「私には人生の目標があったんです!それは生まれて来て良かったって心の底から思うことです!そう思わせてくれたのは航大君です!」


 そう言って振り返った日夏ちゃんは、また見たことのない種類の笑顔だった。


 「ありがとう!」


 そう言い残して日夏ちゃんは僕の視界から消え去る。


 耳を塞いでしゃがみ込む。持ち主のいなくなった懐中電灯が辺りを照らす。体に触れる風は先程よりも冷たく感じた。

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