08 それでも清楚な文学美少女に告白をした
「あの、それで。ここからは、お礼とかお詫びとか、そういうのぜんぶリセットして聞いてほしくて……」
「はい……?」
覚悟を決めた俺の言葉に、きょとんとして微かに首を傾げる。
姫カットの黒髪が、さらりと肩を流れた。
ダメだ、あいかわらず仕草のひとつひとつが致命傷級にぶっ刺さり、いっこうに見慣れる気配がない。
「今日、感想で褒めてくれたことなんだけど」
「……あ……うん、ほんとにすごく素敵でした。主人公の一途な想いが、聖女様に届いてほしいなって本気で思っちゃった……」
「実は俺、現実に、好きだけど手の届かないひとがいて。その気持ちを、そのまま文章にして書いたんです。だから、上手く書けたのかも」
聞いた彼女は小さく「え」と漏らして、目を伏せた。
これは、いったいどういう反応? まるでショックを受けたように見えたけど、それほどまでに同情してくれたのだろうか……?
「……そう……そうなんだ。……いいな、あの聖女様みたいに想ってもらえるひと、うらやましい。……きみの気持ちが、そのひとに届くといいですね」
わかってる。「いいな」も「うらやましい」もぜんぶお世辞だってことぐらい、理解できている。それでも俺は前に進むため、核心に手を伸ばす。
「そのひと……俺にとっての聖女様は……」
喉がカラカラだ。このまま逃げ出したい。そしてシマエナガさんに慰めてもらおう。
──それじゃダメだ。進め、前に。
「言羽さんです」
彼女が息を呑む音が聞こえた。レンズの向こうで目をいっぱいに見開いて、口元を右手のひらで覆いながら、俺の顔をまじまじと見詰めている。
五秒、十秒、時が止まったように彼女はそのまま動かない。
「でっ……でも、そういうの迷惑ですよね?」
沈黙に耐え切れず、俺はそう問いかけた。それから更にどれだけの時間、死刑宣告を待っていただろう。
彼女は両手のひらを胸の上に移動させ、そっと重ねて深呼吸した。
「……はい。迷惑です」
予想通りの、なんの驚きもない返答だった。
「とても、困るんです。うちの学校、男女交際は校則で禁止なんです。ばれたら停学処分……」
ああ、そうか……。それは、とても完璧な理由だった。
校則のせいということにすれば、俺もあまり傷つかずに済む。沈黙の間に、そこまで深く考えてくれたのだろう。
まさしく聖女のような優しさと聡明さに、ますます惹かれてしまう。けれど、頑張って切り替えよう。
「……ですよね。そうだよな。当たり前だ。ほんとごめんなさい、無理なこと言って困らせてしまって」
いいんだ。分かり切っていた結果だ。小説を通して繋がっていられれば充分なんだ。
これで前に進める。この失恋も糧にして、俺はもっともっと面白い小説を書くんだ。
「はい。だから──」
彼女は眼鏡のレンズ越しに、潤んだ瞳で俺の目をまっすぐ見詰めてくる。
「だから……?」
そして心底から申し訳なさそうに、こう付け加えた。
「──卒業まで、待っていてくれますか?」
…………!?
え!? それは……まさか……そんなことある!?
「待ちますっ、ぜんぜん待ちます!」
思わず小声を忘れた俺の声が、館内に響いてしまう。
どこかで咳払いが聞こえ、慌てた言羽さんが「しぃー」っと人差し指を立てて俺の口元に近付けた。
はじめて会ったときと同じ柔らかさの指先が、一瞬だけ唇に触れて、すぐ離れていく。羽毛が撫でていったみたいに。
「図書館では、お静かに」
いたずらっぽく囁いた彼女は、立てたままの人差し指を──俺の唇に触れたばかりのそれを、自分の唇にそっと押し当てた。
【ほそく】これにて短編版での物語は終了です。
ここから更新は不定期になりますが、二人のその先を、引き続きWEB小説系マメ知識を散りばめ描いていこうと思っております。
(取り上げてほしい題材などありましたら、お気軽に感想のほうにコメントくださいませ)