05 一晩寝かせて推敲したら気付いてしまった
『投稿前に一晩寝かせて、三回くらい音読してみると誤字やおかしな文に気付けると思う』
脳内には、ricebirdの「一言」が浮かんでいた。完璧なものが書けた自信がある、だからこそヤツの言葉に従って、そして見返してやろう。俺はもう、以前の俺とは違うんだ。
──いつもより少し早めに寝たせいで、翌朝はだいぶ早めに目が覚めた。
窓の外からスズメさんの鳴き声が聞こえるなか、ベッドから這い出してさっそく音読を試してみる。
「……そしてドラゴンの胸を斬り埼玉県は……その血を吸って……悪しき凶々しさを宿したかのように、輝いていたのである……」
…………また埼玉県が、今度はドラゴンを……しかも、なんだかクドくて気持ち悪い文章……「あわゆき姫」を少しは見習え……。
「ドラゴンの胸を斬り裂いた魔剣は、その血を吸ってギラリと輝いた……うん、こっちのほうが伝わりそう……」
長々と文章を書き連ねるより、簡潔でありつつ印象的な言葉選びをしたほうが読み手に伝わるし、響く。それは「あわゆき姫」を読んで気付けたことだった。
気付いたからといって即実践できるものではないけど、意識していれば、少しずつでも近付けるかもしれない。
他にも数か所の誤字やらおかしな文章を見つける。いったいどこから生えてきたの、と思ってしまう勢いだ。
それらを片っ端から修正した最新話を投稿して、まだ少し時間があったので、なんとなく以前もらった感想をながめる。
けっきょく、腹は立つけどヤツ──ricebirdの言うことはいつも正しかった。
そして、そんなヤツの感想が途切れたことに、寂しさを覚えている自分に気付く。もう、飽きたんだろうか?
そういえば書き込まれた感想の、相手の名前のリンクからユーザーページが見れるはず。
深く考えずに、ricebirdのユーザーページを覗いてみる。
もし作品を公開しているなら、ここから確認できるのだが、たいていの荒らしは作品を公開していないものだ。自作を公開しながら人に好き勝手言うのは勇気がいる。そんな勇気のある人間は、そもそも荒らしになんかならないだろう。
ちなみについ最近知ったのだけど、作品投稿時「作者名」の欄を空白にしておくと、作者名にはユーザー登録のデフォルトの名前が、ユーザーページへのリンク付きで表示される。
ここから他の作品を見てもらう機会にもなり得るので、基本は空白にしておくといい……らしい。俺はまだ一作品しか公開してないけど……。
そしてricebirdのユーザーページには、意外にも作品が公開されていた。短編小説が一作品だけ、タイムスタンプはもう三年前だ。
試しに作品情報を確認してみる。
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勝った、と思わずニヤけてしまう。
ジャンルは純文学。なんとなく察するものがありつつ、作品を読んでみた。
……これは……。
3000文字ほどの短い作品だった。
勝手に「あわゆき姫」と似たものを想像していたけど、ぜんぜん違っていた。
それは美しく流れる詩のような文章で紡がれた、とある兄弟の物語。切なくて、でも希望に満ちた結末まで、俺は息をするのも忘れていた気がする。
「……すごい……」
大きく息を吸って吐いてから、思わずこぼれたのは賞賛の言葉だった。
何も考えず画面を下に、ちょっとエッチな広告の下までスクロールさせて★★★★★を付け、それからいちばん上に戻ってブックマーク登録しようとしたところで、スマホのアラームが鳴動しはじめる。
そろそろ朝ごはんを食べて、家を出る準備しないと。
今日は放課後、図書館に「あわゆき姫」を返却しに行くつもりだった。
期限は来週だけど、言羽さんも読みたがっていたわけだから、あまりお待たせしたくない。
そしてもちろん、もしかしたら彼女に再会できて、感想を伝えられたりするんじゃないかという淡い期待もあった。
正直に言えばそっちが九割だ。
心ここにあらずのまま授業が終わって、図書館に向かう。「あわゆき姫」をカウンターに返却して、落ち着かない心臓をなだめながら、本棚の並ぶ奥へと進む。
──聖女は、そこにいた。
【ほそく】音読(声に出して読む)は脳内の文字情報だけでなく、耳から音声のインプットとして返ってくるので、間違いや違和感にとても気付きやすくなります。実行可能ならとてもおすすめです。
※自分で読み上げられない環境の場合、ブラウザのテキスト読み上げ機能、アプリやサイトもいろいろあります。
(音読さん https://ondoku3.com/ja/ など)