00 図書館で清楚な文学美少女と指先が触れ合った
図書館で、ようやく目的の本を見つけた。
棚の左端、上から二段目。
日に焼けて薄れた題字に手を伸ばし、白い背表紙に指先が触れた瞬間のこと。
「ぁ……」
微かな女の子の声と、柔らかな感触。
指先に白くて細い誰かの指が触れて、すぐ離れる。羽毛が撫でていったみたいに。
「……ごめんなさいっ……」
遅れて俺も指を引っ込めつつ、左側から聞こえた小さな謝罪のほうを見る。
──そして見惚れた。
血管の透けそうな白い肌と、姫カットの艶やかな黒髪。
知的な白銀フレームのメガネの向こうでは、震えるまつ毛の下から、申し訳なさそうに茶色の瞳が見上げてくる。
ゲームやアニメでしか見たことのない、二次元的な文学少女がそこにいた。
しかもだ。彼女の華奢な肩を包む清楚な純白のブレザーと、ほのかに膨らむ胸元を飾る銀の校章は。
──いいかい鈴木くん。彼女らは『聖女様』なんだ。
脳内再生されたのは、昼休みに同級生の藤田くんが俺に熱く語りかける声だった。彼こそは、校内イチ女子高生に詳しいことで名を馳せる男だ。
「二次元が主戦場の鈴木くんでも、聞いたことくらいあるだろう。家柄と知性を兼ね備えた選ばれし清楚オブ清楚だけが通う、中高一貫の超名門お嬢様学園──『聖条院女学館』を」
彼の言葉には、どんどん熱がこもっていく。
「純白のブレザー、胸を飾るエレガントな銀の校章、そよ風に揺れるスミレ色のチェックのプリーツスカート……まさに清楚という単語を具現化したかのごとき制服をまとう彼女たちを、我ら他校生は憧憬と崇拝を込めて『聖女様』と──そう呼ぶ」
一気に語り切って教室の窓の外に目線を送った彼は、そこから声のトーンを落として言葉を続けた。
「いいかい鈴木くん。聖女様の半径3メートル以内には、何があっても近付いちゃいけない。彼女らが身にまとう清楚さは、我々のような陰キャには致死量だ。一瞬で持っていかれるぞ……」
制服の左胸をキュッと握りしめ、遠くを見つめる彼の身に何があったのかは知らない。俺はただ、清楚という単語がゲシュタルト崩壊しかける中で、話半分にうなずいていた。
──彼の言葉の意味が、今なら少しだけわかる気がする。
どうしよう藤田くん、俺は清楚領域半径1メートルにまで足を踏み入れてしまった。
「……あの、お好きなのですか……?」
囁くように、彼女が問いかけてくる。
好きです!と即答したかったけど、それが先ほどお互い手に取ろうとした「本」に対しての問いだと気付いた俺は、ぎりぎりで言葉を飲み込んだ。
俺がなぜその本に手を伸ばし、そして彼女と出会ってしまったのか。
──発端は二日前にさかのぼる。
【作者より】お読みいただきありがとうございます。
本作はジャンル別日間1位/週間1位/月間2位をいただきました短編「なろうで俺の感想欄を荒らしてるのが清楚な文学美少女のはずない」の長編連載版となります。
ストーリーも「小説家になろう」情報もボリュームアップしつつ、短編の結末の先も書いていきたいと思っております。
よろしければブクマ、★評価よろしくお願いいたします!