1 突然の再会
大学院へ進み、私は地元のパン屋でアルバイトを始めていた。
このパン屋は地元ではかなりの人気店で、私も中高生の頃は登下校中に立ち寄っていた。
「心美ちゃん、レジ頼んだよ!」
厨房から声を張り上げたのは、このお店のオーナーの奥さんの和代さんだ。和代さんは、そのふくよかな外見に見合う、温かい性格の持ち主だ。飛び込みで入った私のことを、とても良くしてくれている。本当にありがたい。
「はーい!」
返事をしてレジに立つ。時計を見ると、そろそろ忙しさがピークに差し掛かる時間だった。
十二時半ごろから、会社員の方が昼食を求めてやってくるのだ。朝の通学、通勤ラッシュとは違い、飲み物などを頼む人も増えてくる。そのため、忙しさは倍になる。
「ごめんなさい、フォーク付けてもらえますか?」
「かしこまりました!千六十八円になります。ありがとうございました」
レジ打ちを間違えないよう、慎重に。かつ急いでお客さんを捌いていく。ただでさえ人手不足なのだ。アルバイト若きの私なんかが迷惑をかけちゃだめだ。
しばらくの間、必死に口と手を動かし続けていた。いつものようにミスがないように。
そして、お客さんの数もピークを過ぎ、お店に静けさが戻ってきた頃。帽子を深く被った男性が来店した。しばらくパンを物色し、チョココロネをトレイにのせてこちらへと持ってくる。
「すみません、ここって電子マネーって使えますか?」
思わず耳を疑った。
「え……」
思わずビニール袋にパンを詰めていた手を止めた。
信じられなかった。ここ一年半耳にしていなかった、大好きな声。聞き間違いかもしれない。
「あの……」
「あ、すみません!電子マネーですよね、使えますよ!」
私が顔を上げると同時に、男性も顔を上げた。しかし、目は合わない。男性は画面に表示された合計金額を見ている。
それでも、気づかないはずがなかった。
「……くうちゃん?」
バーコードを出すためだろう。スマートフォンを操作していた男性の手がピタリと止まった。
「くうちゃん?……そうだよね。くうちゃんだよね」
私がもう一度言うと、男性はゆっくりとこちらを見た。
「……心美?」
来店した男性は、私の大切な幼馴染の石原黒音だった。