第九話
自分達の忠実な手足として働く”終焉迎合機兵団”だけでなく、最後の砦ともいえる”徳高き御使い”までもが敗北。
そのうえ、目的であった”ポル・ポトフ”完成に必要な眼鏡ラブ企画参加者達や魔物達が脱走した事により、禿光会の者達はようやく自分達の大望が潰えたことを理解し、へなへなとその場に崩れ落ちた。
それでも、こんな結果には納得出来ないと言わんばかりに、年甲斐もなく盛大に泣き始めていく。
「畜生……!!俺達が一体、何をしたっていうんだよぉ……!!俺達は、自分のささやかな幸せを掴むために懸命に頑張っていただけなのに、なんでここまで踏みにじるような真似が出来るんだよ!?――今まで苦しんできた俺らの人生の分まで、あるはずだった幸せ全部を返しやがれッ!!」
「……俺達は、この世界の歪みに巻き込まれた被害者として正当な権利を行使したに過ぎない。……にも関わらず、そんな俺達よりも遥かに恵まれた人生を過ごしてきた連中が、少し鍋で煮られたくらいで何故そこまでギャーギャーと騒げる?……筋違いだ。貴様等如きに、人生における本当の修羅場を潜り抜けてきた俺を責める資格など微塵もありはしない……ッ!!」
「なんでこんなことになってんだよー!!せっかくこの僕ちんが組んでやったっていうのに、どいつもこいつも能無しでマジ使えねぇよ!!これだから現代社会は、腐っていく一方なんだよ!!――分かったら誰でもいいから、さっさと僕ちんを何とかしてここから助け出せッ!!僕ちんが困ってるんだぞ!?」
そんな三人を冷ややかに見つめていた猗音だったが、短くため息をついてからなんの感情も感じさせない声音で彼らへと語りかける。
「……今まで『世界を統べるのは自分達である』と散々主張しておきながら、私に限らずあの人間を惑わす〝御使い様”とやらの本質も戦力も見抜けず、自身の足元で起きた『企画参加者達の逃亡』という重大な異変にすら目を向けることさえしなかった。……曇った視界と狭い視野のまま、自分達の見たいものしか見ようとしなかったこと。それが君達の最大の敗因であり罪そのものだ。――たいそう嫌っていたようだが、君達のような人間にこそ眼鏡が必要なんじゃないのか?」
「……ッ!?」
自分達の野望を完膚なきまでに叩き潰した猗音という憎き敵が目の前にいるにも関わらず、三人はその発言に対して何の反論も出来ぬまま、無言で猗音を睨みつける事しか出来なかった。
そんな世界を統べる支配者にも哀れな被害者にもなれなかった禿光会の面々を見据えながら、冷徹に――けれど、どこか突き放すだけとは異なる色を滲ませながら、猗音は言葉を続ける。
「どれだけ誤魔化そうとも、物事の本質や起きた現実は決して揺らぐことはない。――だが、“観測”することによって、確かに変わる〝未来”はあるかもしれない」
――一体、コイツは何を言おうとしているんだ?
言わずともそんな感情が顔に出ている三人を前に、猗音は「簡単なことさ」と告げる。
「君達がどれだけ眼鏡やこの社会の色々なものを“欺瞞”や〝虚飾”として嫌おうとも構わない。……ただ本当に私が提唱した未来を望むのなら、君達は人の眼鏡を取り上げたりなんかする前に、自分の中の色眼鏡を外すべきだよ」
――そうすれば、きっと。
「たとえ裸眼であろうとも、君達がそこから見る景色はこれまでと違ったものが広がっているに違いない……という、しがない研究者の仮説さ」
「……畜生、なんだよそれ……!!頑張り方とやらも友達の作り方も現実なんてもんを直視する度胸も全部、全部!この年齢になっちまったらどうすりゃいいのかなんて全然わかんねぇよ!!……ちくしょう、なんで俺は……もっと若い頃に、アンタみたいな人にそういう事を言ってもらえなかったんだよ……!!」
「……無責任にもほどがある。何が仮説だ、くだらない……非化学的以外の何物でもねぇんだよ、クソが……!!」
「母ちゃ~~~ッん!!俺、こんな風になって本当にごめーん!!でも、仕方ねぇじゃねぇか!普通に生きてきただけなのに、いつからか勝手にこうなっちまったんだよ!!……誰でもいいんだ。もう苦しいのは嫌だから、何でもいいから早く何とかして俺のことを助けてくれよぉ~~~ッッ!!!!」
猗音の発言を受けて、三者三様に泣き崩れていく。
先ほどとは比べ物にならないほどの大粒の涙と大量の鼻水を恥ずかしげもなく垂れ流していたが――彼らの表情は先ほどまで見せていた怯えや絶望といったものは一切なかった。
それでも、彼らがこれから歩むことになる道程は、これまで本人達が歩んできた人生以上に険しいものとなるかもしれない。
だが、このときだけは……外からもたらされる都合の良い嘘に流されるのではなく、自身の中にある全ての毒を流しきるかのように、彼らは新しい生に向けてただひたすらに産声を上げ続けていた――。