第七話
フロアーを埋め尽くすほどいたはずの終焉迎合機兵団だったが、猗音の装備と的確な射撃によって、多少時間はかかったもののほぼ全機が再起不能となっていた。
暗黒瘴気が雲散霧消する様を目の当たりにしていたにも関わらず、数の力に任せれば勝てるとタカをくくっていたのか、逃げる好機を完全に逃したらしい禿光会の面々が、ワナワナと震えながら猗音に怯えたような視線を向ける。
「馬鹿な……!ありえない!!あれほど大量にいた終焉迎合機兵団が、手も足もロクに出せぬまま全滅だと!?」
「……しかも、それだけの激戦で消耗していてもおかしくないはずなのに、全く汗一つかかずに疲弊した様子が見えない……!!」
「どうなってんだよ!!……コイツの事を、単なる口先だけの“天邪鬼”とか言い出したの誰ー!?僕ちんが困ってるんだから、今すぐここに誰か飯持って助けに来いよ!!糞婆ーッ!!」
そうしている間にも、ウォーターガンを右手に持った猗音がゆっくりと三人のもとに近づいてくる。
これまで散々自分達にとって都合の良い言葉を並べ立てたり物事を解釈してきた禿光会の三人だったが、このままでは追い詰められるとようやく腹を括ったのか、意を決した表情でリーダー格の男が同胞へと振り向く。
「やむを得ん。こうなったら、あの方をこの場にお招きするより他にないぞ!!」
「――ッ!!……そうか、確かに人知の及ばないあの方なら、アイツ一人を潰すなど造作もないはず……!!」
「ブヒャヒャヒャヒャ!考えてみれば、最初からそうすりゃ良かったんだよな!!これで俺達の未来も安泰そのもの!――ニッポン、ニッポン、スッポンポン♪」
リーダーの言葉に呼応するかのように、これまでから一転して強気を取り戻した仲間の男達。
そんな彼らに猗音が訝し気な視線を送るが、対する三人は怯えるどころかニンマリとした笑みを向けながら、突如円陣を組み始める。
「我等の崇高なる計画を邪魔する不遜な異形よ、とくとその身で思い知るが良い!!――我等三人の絆が呼び寄せた、大いなる奇跡の降臨を!!」
そう言うや否や、円陣を組んだ三人の男達の顔が徐々に近づいていき――彼らの唇が中心で一つに重なっていく。
「――ッ!?」
突然の奇行を前に、猗音が思わず動きを止めてしまった。
そんな猗音に向けて、三つ首に並んだ外道達がいっせいに猗音の方へと振り向く。
そして次の瞬間、猗音と禿光会の間に割り込むかのようにズシィ……ッン!!という轟音とともに、巨大な物体が天から落下してきた。
「さぁ、見るがいい……!!この方こそが、我等禿光会に“ポル・ポトフ”の製造方法と終焉迎合機兵団を動かすための暗黒瘴気を運用するための術を授けてくださった徳高き御使い様なりッ!!」
禿光会の者達が呼び出したと思われる、猗音の前に立ちふさがる〝徳高き御使い”と思われる存在。
それは、巨大な白き天使を彷彿とさせる異形だった。
瞳を閉じた人のものに見える頭部に逞しき六本の腕と神々しさを感じさせる二枚の翼。
下半身はイナゴを彷彿とさせる形状をしていたが、それすらも人知の及ばない超常めいた存在として際立っていた。
そんな御使い様とされる存在を猗音は見上げていたが、すぐに興味をなくしたかのように禿光会の面々がいるであろう方向に視線を向けてボソリ、と呟く。
「なんだ……結局それらの知識や技術すらも、自分達で手に入れたものではないのか」
猗音の言葉が聞こえていたのか、すぐさま激昂した様子でリーダーが反論する。
「貴様の目は節穴か!?このようないと尊き御方が我等に力を授けてくださった時点で、我等こそがこの世でもっとも強く!賢く!選ばれた存在であるという事実は変わらんのだッ!!雑魚の無駄な足掻きに過ぎんまっとうな努力だの単なるコネを言い替えたコミュ力やら矮小な凡人が縋り付くような正しき理論だのせせこましく窮屈な立場に甘んじるための責任などといったもの全て、我等からすれば眼鏡同様に“ポル・ポトフ”でこの世から剥ぎ落すべき虚飾に過ぎんわぁッ!!――さぁ、徳高き御使い様。眼下の愚者にその圧倒的な神罰を与えてくださいませ……!!」
『――罪には、罰を。抗うことなく、我に全てをゆだねよ……!!』
白く巨大な御使いが、そう言葉らしきものを発するのと同時に、瞬時に剛腕で猗音へと殴り掛かる――!!
「――ッ!?」
対する猗音は、すんでのところで回避したが、ウォーターガンの引き金を引いてすぐに違和感に気づく。
「……フム、どうやら概念液の残量が完全に枯渇したようだな」
そういってすぐにウォーターガンを放り投げる猗音と、容赦なく襲い来る六本の剛腕による連打。
かろうじて回避には成功したものの、その内の一本でウォーターガンは完全に破損してしまった。
しかも危機はそれだけではない。
剛腕によるラッシュによって、足場が崩れ落ちようとしていたのだ。
仮にこのまま逃げることが出来たとしても、盛大に落下することは避けられない。
そんな猗音にとって絶望的な状況を完全に理解したのか、リーダー格が楽しそうに声を上げる。
「ハハハハハッ!!頼みの武器は失われたうえに、限られた時間制限内での逃亡ゲームときたもんだ!!あ、なんつって♪あ、それ!なんつって♪……どうするどうする~?もうそろそろ、逃げ場がないでつよ~!?」
完全に勝ちを確信した者による、高見から投げかけられる卑劣な愚弄。
だが、それでも瓜子 猗音という存在の本質は微塵も揺らぎはしていなかった。
「本音を言うと、もう少しこの〝御使い様”とやらがどんなことを出来るのか観察したかったんだが……外見や言動とは裏腹に、単調な拳による連打と実につまらないな。まぁこれは、大抵の敵対者をこれで撃退出来たことによる慣れのせいもあるのだろうが……いずれにせよ、君が言う通りこれ以上時間を取るわけにもいかなさそうだ」
淡々と猗音が告げた――次の瞬間。
……ベグシャッ!!
突如、惨たらしい音が辺り一面に響き渡る。
その光景を目の当たりにしたにも関わらず、禿光会の面々は理解が全く追い付かずに呆然としていた。
それもそうだろう。
今まで逃げ回っていた猗音の姿が掻き消えたかと思うと、突然、御使いの腹部に穴が開いたのだ――!!
その空洞となった部位から、手刀を突きだした猗音が姿を現したかと思うと、そのまま両手で御使いの上半身と下半身を掴みながら、盛大に上下真っ二つへと引きちぎっていく……。
『アガ、グッ……!!』
神々しさを身に纏い、この地上に顕現を果たした“徳高き御使い”は、こうして短いうめき声を上げながらあっけなく絶命した――。