第四話
下にいるためそれを目にする事のなかった参加者達は何が起きてるのか分からずに鍋の中で困惑していたが、猗音はこれまでと変わらぬ調子で話を再開していく。
「――この壊れてしまった眼鏡には、外部からの視界を通じた認識影響を妨げる効果以外にもう一つ、他の人間が私の目を見ても普通の人間の瞳として見えるように偽装する効果があるんだ。……美女の皮を被るだけでは、流石にこの瞳までは隠しきる事は出来ないからね」
――傍目からは気づかずとも、眼鏡という透明な薄いレンズ越しによって守られていた確かな境界。
ここに来て禿光会の者達は、眼鏡という存在が人々を縛る枷などではなく、社会で日々を過ごしている大多数の者達に『自分達のすぐそばに、人ではないナニカがいるかもしれない』と気づかせないように機能していた防衛線であることを理解していた。
そんな現実を目の当たりにしたリーダー格の男は――。
「……だから、どうしたというのだ!?貴様が何者であろうと、所詮は人ですらない単なる化け物に過ぎんということだろうが!!」
自分達の過ちを認めるわけでもなければ考えを改めるでもなく、眼前の猗音に対して罵倒の言葉をぶつけていた。
罵声を聞いて場が静まり返る中、少し遅れて追従するかのように二人の男達も下卑た笑みを漏らし始める。
それが後押しとなったのか、引きつりながらも嘲るような視線とともにリーダーが言葉を続ける。
「“闇”を見ても影響を受けなかったことがさぞご自慢のようだが、言ってしまえば貴様はそれだけ最初から歪みきった醜い化け物と自白しただけだろうが!いっちょまえに人間様に舐めた口を利くんじゃない!!――我々の“ポル・ポトフ”による計画が成功した暁には、真っ先にお前のような者から粛清してくれるわぁッ!!」
自分達のリーダーの発言で楽しくなったのか、仲間である目出し帽と肥満体系の男達も暴言を重ねていく。
「……おおかた、我々によって〝ポル・ポトフ”が完成してこの世から眼鏡が根絶されてしまうと、自分が人間社会にコソコソ紛れることが出来なくなって困るからイチャモンをつけに来たのだろう……俺のような優れたSF的視野を持たない矮小な下等存在の考えそうなことだ」
「いかんぞ~!!そんな衰退しぐさじゃ、現代社会からもれなく駆逐まっさかりキャンペーンされてしまうことは確実なんだプギャ!――本当に生き残る気があるのなら変に歯向かったりせずに、我々禿光会という高潔かつ人民を導く指導者様に、全裸土下座で許しを請うくらいするのが筋だぞ!!これ、常識!」
そんな禿光会の者達による嘲りの言葉を聞いて、鍋の中の参加者達からは「酷い……」「人の心がないのは、どっちなんだよ……!!」という声が上がり始める。
だが、当事者である猗音は気分を害した素振りも見せずに、「自慢した覚えはないんだがね」と呟きながら答える。
「まぁ確かに眼鏡がこの世界からなくなれば、そういう偽装が難しくなるという側面はあるな。……だが、私が君達の前に現れたのは、そういった理由からではないんだ」
「なんだ、みっともなく誤魔化すための詭弁でつか~?」
リーダー格が、ケタケタとへらず口を叩くが――それも長くは続かなかった。
何故なら、正面にいる猗音の顔がこれまで見たことのないほどの怒気に満ちた表情へと変化していたからである。
これまで自身にどれだけ悪意をぶつけられてきても見せることのなかった、本気の怒りと底冷えするほどの視線。
異形である視線もあるだろうが……猗音から発せられる気迫を前に、三人の男達は先ほどの勢いが嘘のように押し黙っていた。
そんな禿光会の面々を見据えながら、外見の女性としてのものではない――対峙した相手の根幹を揺さぶるような声音で呟く。
「――自身の行動にいっさいの責任を持つことなく、ただ単に『実行可能である』という理由で数多の他者を巻き込む非道な手段を用いながら、その結果として生じる問題には決して向き合うことなく目を逸らす。……方法も目的も間違っているとわかっていながら、なおも己の矮小な自尊心を満たすためにもっともらしい言葉の裏に隠れて破滅への道を突き進む。それがお前達の〝罪”だ」
「……ッ!!」
顔を歪めながらも、猗音の鋭い言葉に二の句を告げぬまま男達は無言で睨みつける。
対する猗音は目を逸らすことなく、まっすぐ彼らを射抜く。
「私は到底正義、などとは口が裂けても言えない存在ではあるが……だからこそ、経験者からの忠告として覚えておくがいい。お前達がこれまでの人生でどれほど逃げ隠れや偽装に長けていたとしても、対峙する〝覚悟”を持たぬ限り、己の愚行の果てに生み出されたモノによって必ず滅ぼされるのだということを」
「そして」と、確信を持った声音で猗音は告げる。
「創造主の傲慢と、廃棄された存在としての絶望――それらの罪と災禍を知る者として、私がお前達の計画を叩き潰すッ!!」