第二話
そう名乗ったのは、一人の女性だった。
ボサボサ頭にシンプルなデザインの眼鏡とヨレヨレの白衣。
顔立ちは整っているものの、それらの印象が全てを台無しにしており、若い外見に反して年齢不詳としか形容するほかない雰囲気をこの猗音という人物は纏っていた。
それに対して、リーダーの傍らに控えていた肥満体系の男がプギャギャギャ!と耳障りな哄笑を上げながら、猗音を指さして嘲る。
「こ、この女バッカでぇ~い!!この“創作界隈”であろうことか、自分の本名を堂々と名乗ってやがる!!リテラシーって言葉を知らないとか、今どきの創作者の知能レベルは衰退の一途を辿るのみなのはこれで明らか!……やはり、俺達“禿光会”の三巨頭が衆生を教え導くよりほかになしッ!!」
そんな肥満男の宣言に、リーダー格やもう一人の目出し帽の陰気な男が釣られたように笑う。
それに気を良くしたのか、肥満男性がなおも続ける。
「そうして、〝ポル・ポトフ”を飲んで俺達の言いなりになった創作界隈の馬鹿どもを引き連れて、俺達はこの創作界隈の奥底に眠る“大いなる闇”の領域にまで到達するッ!!……そこで、〝闇”の力を完全に解読し掌握しちまえば、この創作界隈だけでなく世界の全てを!俺達“禿光会”が支配することが出来るって寸法よ!!――それが分かったら、俺達に無礼た口を叩いたことをスッポンポンになって土下座でお詫びしてから、俺達を喜ばせるためにヘコヘコ♡媚び売りダンスでおもてなししろ!!俺達の失われた青春時代を急いで取り戻すかのように、今すぐでいいよ!!」
今度こそ、三人の男達は勝ち誇ったように爆笑し始める。
それとは対象的に、大鍋内の企画参加者達は絶望的な表情でその光景を見上げていた。
……それはそうだろう。
いくら相手が自意識だけが肥大した感じの冴えない中年のオッサン達とはいえ、三人の成人男性に野暮ったい女性が一人で挑んだところで、到底かなうとは思えない。
彼女がどういう意図でこの場に現れたのかは分からないが、このままいけば、自分達が〝ポル・ポトフ”として調理されるだけでなく、創作界隈……いや、その外で生きる全人類が危機に晒されてしまう、と諦めかけていた――そのときだった。
「――どこから指摘すれば良いのか分からないほどに、君達の主張は聞くに堪えない代物ではあるのだが……訂正すべき明らかな間違いが三つある」
絶望的な状況であるにも関わらず、不審な三人の男達を前にして堂々と彼女は告げる。
「まず一つ目なんだが……あぁ、瓜子 猗音というのは私にとって、この〝創作界隈”におけるハンドルネームみたいなものだよ。この名前は、この姿を私に与えてくれた言葉を交わしたこともない者への敬意と私という存在を端的に表した言葉を掛け合わせたものでね。――なんせ私は、創造主から名前すら与えられなかった〝怪物”なのだから」
そう、何でもないことのように 猗音は告げる。
これまでの態度からして、男達は彼女の言動を『単なる痛い妄言』と嘲笑うことも出来たはずなのに――何か得も言われぬ気配を感じたかのように、ピタリ、と押し黙っていた。
そんな彼らに構うことなく、猗音は続ける。
「あと、君達は私の事を若造扱いしていたが……私は見かけと違って、君達よりも遥かに長生きしているんだよ。〝身バレ”という意味では戸籍自体がもとから私にはないので特に問題はないが……人を教え導こうとする割に、ここまでピントのずれたことを断定系で話すのは些か説得力が欠けるので、これからは控えた方がいいんじゃないかね?」
「なっ……!?」
「グッ……!!」
「ブギャ……!?」
三者三様に声を上げながらも、反論の言葉を見つけられないまま一様に顔を真っ赤にする男達。
危機的状況ながらも、その様子を見て参加者達が思わずプッ、と噴き出していた。
鍋内の中で僅かな希望が灯り始めた中、猗音が鋭く告げる。
「それとこれは最後の指摘なんだが……君達はこの創作界隈の〝闇”について、大いなる勘違いをしている」
「なん、だと……?」
今度こそ、リーダー格が睨みながら意味のある言葉を呟く。
それに対して、猗音は特に悪感情を見せるでもなく、教えるかのように言葉を紡いでいく。
「この創作界隈の奥底に宿っているアレは……君達が思っているような全てを飲み込む〝闇”などといった代物ではない。――アレは、周囲に存在する生物・非生物の区別なく根こそぎ存在を捻じ曲げ続けている一本の錆びた黒い〝釘”。それが君達が創作界隈の〝闇”と呼んでいるモノの正体さ」