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最終話

「そら!行くぞ、お前達!!」


『………………』


 現場に到着した自警団によって、禿光会(とくみつかい)の三人は連行されていく。


 彼らは終始無言であり、自分達の企てに巻き込んだ猗音や『眼鏡ラブ企画』の関係者達に対しても全く謝罪はなかったが――彼らの表情はみな一様に、憑き物が取れたかのようにすっきりとしていた。


 重罪を犯した彼らには、この創作界隈における運営神群の裁きのもと、厳しい沙汰がくだされるのは間違いない。


 それでも――彼らがこれから進む未来だけは、如何なる神やどんな高性能の眼鏡であっても見通すことの出来ない事象に違いなかった。









 賑わいを見せる創作界隈の街並みを、白衣を纏ったボサボサ頭の女性――言わずもがな、瓜子(うりこ) 猗音(あのん)が一人寂しく歩いていた。


 この先のバス停でログアウト通り行きのバスに乗れば、それでこの創作界隈の景色ともお別れだ。


 あれだけの死闘の後とは思えないほどの味気ない旅立ちになるが……それも仕方のないことだと、猗音は結論づける。


「……なんせ私は、人間ですらない正真正銘の〝化け物”であることが既にバレてしまったからな。……もうこの街にはいられない」


 この〝瓜子うりこ 猗音(あのん)”としての姿を得るまでの自分は、自身の創造主から捨てられるほど醜く、どこにも居場所がないまま人々に迫害され終われる日々を過ごしていた。


 そんな自身の境遇を恨むあまり、自身の不幸を埋めるかのようにないものを求め続け、多くの罪を犯し――そして、創造主である男性を死にまで追いやってしまった。


 そこまでしても、何一つ〝幸福”と呼べるものを得ることのないまま、借り物の姿で地上を彷徨い続ける空虚な怪物……それが、自分という存在だと猗音は認識していた。


(そういう意味では、私も自分達の目的のために〝ポル・ポトフ”に企画参加者達を巻き込もうとしていたあの三人と大して変わらないな……)


 そんなことを考えている間にも、バス停が見えてきた。


 ちょうどログアウト行きのバスも向かってきたため、このまま乗り込もうとしていた――そのときだった。



「そこの美人なお姉さん?――そんなに急ぐ前に、ゆっくり俺達と創作論でもしながら話しませんか?」



 どことなく、聞き覚えのある声が猗音の耳に入ってきた。


 声のした方向に振り向くと、そこには禿光会(とくみつかい)の魔の手から脱出した『眼鏡ラブ企画』の参加者達が数人ほど立っていた。


 急いで走ってきたのか、皆一様に息を切らしている。


 その中の一人である、猗音を呼び止めた男性が叫ぶ。


「――いくらなんでも、水くせぇだろ猗音さん!!俺達はアンタに命を救われたっていうのに、その大恩人にロクに例も言わないまま見送りもせずに知らんぷりしてたとなっちゃあ、それこそ人の道に反するってもんだぜ!?」


 そんな男性の言葉に対して、猗音はこれまでに見せたことのない呆気に取られた表情をしながら目を丸くする。


「どう、してだ……?君達も既に知っている通り、私の正体は人間ですらない醜い〝化け物”で」


「そんなことないッ!!」


 間髪入れずに、女性参加者が声を上げる。


「猗音さん、言ってましたよね!?『どんなに虚飾を纏ったところで、物事の本質や起きてしまった現実は決して揺らがない』って!!―だったら、―貴方の正体がどんな存在だろうと、どんな動機だったとしても、アタシ達を助けるために戦い続けてくれた事は、揺るぎない事実じゃないですかッ!!」


 そんな女性に同調するように、他の参加者達からも


「人にあんだけ偉そうに言ってたくせに、自分でデタラメな虚飾を纏うのを、やーめろー!!」


『やーめろーッ!!』


「今すぐその白衣を少しだけはだけて、煽情的なエロビキニ姿を、さーらせー!!」


『さーらせーッ!!』


 といった声が沸き起こる。


 そんな男性参加者達の様子に若干呆れつつも、再び猗音を見据えて女性が言葉を続ける。


「あのときだってそう!猗音さんが白衣ビキニ姿になってくれたおかげで、弱り切っていたはずの男性企画参加者(コイツ等)が気力を取り戻せた!!これって凄いことだよ!」


「ビキニ姿になったことで褒められてもな……」と若干苦笑しつつ、猗音は答える。


「だが私は、この創作界隈の奥底に眠る“釘”の影響に抵抗出来てしまうような、最初から歪みきった存在だぞ?そんな私は“怪物”以外の何物でもないはずだろう?なのに、どうして……」


 これまで理路整然とした猗音にしては歯切れの悪い物言いだが、それだけ内心で困惑しているのかもしれない。


 そんな猗音を安堵させるかのように、女性参加者が優しく語り掛ける。





「結局、禿光会(アイツ等)はアタシ達に謝罪を全くしないままだったけどさ……猗音(あのん)さんのおかげで最後はすごく穏やかな顔つきになってたもの。――単に強い力で叩き潰すだけじゃ絶対あぁはならなかったし、そういう決して簡単に出来ないようなことをやってのける存在をね、人は〝怪物”じゃなくて、〝勇者(ヒーロー)”って呼ぶんだよ?」





「私が、勇者(ヒーロー)……?」


「カカッ!そういうこった、今日の主役!!」


 そう言いながら、いつの間にか後ろに回り込んでいた男性参加者が猗音の背中を軽く押す。


 背後からの奇襲、というよりも自身にかけられた言葉に思考が止まっていたらしく、体制を崩した猗音の右手を掴んで女性参加者が歩き出す。


 自身の膂力があれば容易に振りほどけるにも関わらず、何故かそうする気も起きぬまま、猗音は企画参加者達に連れられて、目的地も分からぬまま彼らの案内についていく――。









 

 猗音(あのん)が連れてこられたのは、〝完結済み公園”と呼ばれる場所だった。


 この『眼鏡ラブ企画』に参加していたであろう数十人の人達が笑顔と歓声で猗音を出迎える。


「猗音さーん!!俺達を救ってくれて、本当にあ~りがと~~~!!」


「スタイリッシュで本当に素敵~~~♡もう猗音さんしか勝たん!」


「ソシャゲ企業は、今こそドルウェブとアズレンと猗音さんをトリプルコラボさせて、特盛胃もたれ注意報を発令すべし!!――ドスコイッッ!!!!」


 そんな皆を見やりながら、女性参加者が猗音に説明する。


「あぁ、これね?いや~、『眼鏡ラブ企画』の受賞式会場があぁなっちゃったとはいえ、みんなあの企画のために頑張ったわけだし、何より!猗音さんにお礼もまだ出来ていなかったから、それも兼ねて『せっかくだし、別の場所で企画の打ち上げ会をやろう!』ってことになったの!!……猗音さんは何も言わないとそそくさ姿を消そうとするのは既に立証済なんで、悪いけどコレ、猗音さんに拒否権ないから!!強制参加どぅえ~~~す!!」


 そうだ、そうだー!!と周囲から声が上がる。


 これまでの生では経験したことのない自身に向けられる数多の行為に猗音が軽く困惑する中、この企画の主催者と思われるウサギのワッペンをつけた眼鏡の紳士が声をかけてきた。


「――瓜子うりこ 猗音(あのん)さん、今回はこの『眼鏡ラブ企画』と皆を救ってくださり、本当にありがとうございました。……貴方が懸命に奮闘してくれたおかげで、僕達は困難に見舞われながらもこの時を皆で迎えることが出来ました。本当に感謝してもしきれません……!!」


 そのように、猗音に対して真摯な礼を述べる企画主催者。


 それに対して、猗音は戸惑いながらも――少し弱ったような笑みを浮かべながら、主催者に答える。


「……最初のきっかけは、あの禿光会の三人の計画を阻止することだったかもしれない。だが、鍋の中に放り込まれても懸命に足掻き続ける君達の姿に、私は創作者という存在が持つ覚悟と可能性を見出した気がするんだ」


 だからこそ、と猗音は言葉を続ける。


「現実に即さず、物事の本質から逸れた内容を書くこともあるという意味では、確かに君達の創作活動は私の科学とは相容れないだろう。……だが、それでも人間は虚構を信じ、そこから確かな何かを生み出すことが出来る存在でもある。――それだけの力が君達にはあるのだという事を覚えていてくれたら、私にとってこれほど幸いなことはないさ」


 そう微笑を浮かべて答える猗音に、主催者も頷く。


「あんな体験までした以上、ここにいる全ての者が忘れる事はありませんよ。……それと、身動き出来ない僕達のために立ち向かい続けた、鮮烈でどこまでも美しかった瓜子うりこ 猗音(あのん)という存在の事もね。――それこそが、まぎれもない現実であり揺るがない本質、というものです」


 主催者の発言に、周囲も深く頷いたり同意の声を上げる。


 そうしているうちに、


「難しいお話はここでおしまい!――それじゃあ、企画が無事に終了した記念の特製〝ポトフ”を召し上がれ~~~!!」


 と、調理担当者達がポトフの入った大鍋を持って現れた時には、流石に猗音(あのん)も面食らってしまった。


「……あんな目に遭わされたばかりなのに、君達はポトフを食べるのか……?」


「あんな目に遭ったからこそ!でしょ?……あの出来事で今まで普通に食べられていたポトフがトラウマになっちゃうのは絶対に嫌だから、苦手意識が芽生えないようにみんなでポトフを囲みながらワイワイしよう!ってなったわけ」


「もちろん〝ポル”は抜いているから安心してね~!ささっ、猗音さんもどうぞ!!」


「あ、あぁ……なんというか、創作者というのは本当に逞しいんだな……」


 そう言いながら、ポトフを受け取る猗音。


 視線を移してみれば、この会場には企画関係者だけではなく、猗音同様に他の功労者(・・・)達も出席しているようだった。





「グゴゴゴゴ……ッ!!」


「アラビキキ~~~ッ!!」


「わぁった、わぁった!!ちゃんと、活躍したお前らの分も用意してあるから暴れたりすんじゃねぇ!オラ、殺生石(せっしょうせき)は目ん玉にレーザー装填すんのやめろ!!ドラゴンは待ちきれないからって、身体からジューシーな香りを放つんじゃねぇ!!こっちが余計に腹減るだろ!?」





「……いや、本当に逞しいな。君達は……」


「あったぼうよ!なんせ、これも創作のネタになるからな!!」


 特にツッコミや反論が出るでもなく、だよなー!と異口同音の答えが返ってきたことに、猗音はただひたすらに呆気に取られた表情をしていた。





 そんなやり取りをしながら、和気藹々とした空気のもと、この場に集った皆によるポトフパーティーが始まる。


 皆に囲まれてポトフのスープを飲んでいるうちに、猗音は心の中で思考する――。





 ――これまで、多くの悲痛なことがあった。


 何故、己のような者がこの世に生を受けたのかと嘆かずにいられない夜はなかった。


 創造者からは名前すら与えられることなく廃棄され、それでも愛してくれる伴侶の出現を望むもそれすら叶わない。


 多くの罪を重ねた。


 捨てられたとはいえ、創造者すら死に追いやってしまった。


 自分に生きる価値はないと思った。


 だから北極海に飛び込んで、〝怪物”でも死ぬことが出来る場所を目指そうと考えた――。





 何の因果なのか、この〝瓜子姫(・・・)”のものとされる皮を手に入れたことによって、自分は何とか人の世に溶け込めるようになっていた。


 それでも、皮を纏うだけでは中身など変えられるはずもなく、年も取らないことから一つの場所にとどまることは出来ず、人の姿になっても自分の心はあの冷たい北極海に囚われたままだった。


 だが、今は――。


「?どったの、猗音さん?なんか、難しい顔しちゃって?」


 きょとん、とした表情で隣の女性が猗音を見つめる。


 それに対して、猗音はこれまでとは違う柔らかな笑みを口元に浮かべると、


「あぁ、こんなに美味しくて――温かいポトフを味わうのは初めてだな、と思っただけさ」


 眼鏡を湯気で白く曇らせながら、かみしめるように静かに答えた――。









 超絶的眼鏡ラブ企画作品:『眼鏡好きっ子!みんな、集まれ~~~♡』 完

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[良い点] この小説タイトルとあらすじでいきなり釜茹で地獄から始まるとは夢にも思いませんでした。 一緒に煮込まれる殺生石やらソーセージ属性とかいう新しい概念のドラゴンやら、良い意味で唯一無二のアカテン…
[良い点] まさかのそっち系w タイトルに惹かれてやってきた読者もろとも闇鍋で煮込もうという敵の魂胆ですね! 『眼鏡好きっ子!みんな、集まれ~~~♡』のタイトルコールをあの3人がしているかと想像するだ…
[良い点] 間違いなく『眼鏡ラブ企画』の中で最も印象に残った作品です。 ぶっとんでる……。 だんだん『眼鏡とは何なのか?』という哲学的問いが頭を駆け巡りました。 これはアクションですね。ありがとうござ…
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