第一話
――2023年・8月27日
現在、この『眼鏡ラブ企画』の受賞式会場は阿鼻叫喚の地獄絵図と化していた。
「うぐぐ……誰か、助けてくれ~!!」
「熱すぎィ……もう、らめぇ……」
眼鏡ラブ企画の主催者と参加者達は全員、巨大な鍋に入れられた状態でグツグツ、と煮込まれていた。
大半の参加者達が悲鳴を上げながら絶望に包まれる中、一部の者達がキッ!と上を睨みつけながら、憤怒の叫びを上げる。
「どうして?……なんでアタシがこんな目に遭わなきゃなんないのよ!!」
「いきなりこんなわけのわからない状態で、鍋にブチ込まれるような覚えはねぇぞ!?――てめぇら、一体なんのつもりだ!!」
そんな参加者達を見下ろしながら、怒鳴られた男達がくつくつ、とくぐもった笑みを漏らす。
巨大鍋の湯気が届かないところに設置されたステージ上には、三人の中年男性が立っていた。
その中心に立っていたリーダー格と思われる禿頭の男性が、ニチャァ……ッとした笑みとともに答える。
「申し遅れました。我々は秘密的おともだち結社:“禿光会”。――この創作界隈に生きる全ての者達から曇りを取り払い、開かれた光をもたらす者達でございます……!!」
そんなリーダー格の言葉に、汗をダラダラ流しながらも参加者達が訝し気な視線と疑問の言葉を投げかける。
「曇りを取り払い、開かれた光をもたらす……だぁ?それが、この眼鏡ラブ企画になんの関係があんだよ!?」
周囲からも、そうよ!そうよ!と声が上がる。
だが、それに対しても動じることなくリーダー格が頭部を鋭利に光らせながら答える。
「ハイ、我々“禿光会”はこの『眼鏡ラブ企画』を主催、並びに参加した皆様を丁寧に煮込むことにより存分に苦しませ、その無念と後悔、そして、他の具材達から滲み出る瘴気によって、本格的暗黒鍋料理:〝ポル・ポトフ”を完成させる所存なのです……!!」
「ほ、本格的暗黒鍋料理:ポル・ポトフ……だって!?」
「ひぇ~!おっとろしー!!」
驚愕の声を上げながら鍋の中を見渡してみれば、周囲には企画参加者達以外にも明らかにマトモとは思えないソーセージ属性のドラゴンや、ジャガイモのような姿をした殺生石といったポトフの具材に相応しい魔物達も一緒に煮込まれていた。
熱湯の中にいるにも関わらず、自分達が置かれている状況を正確に理解しガクガクと震え始める参加者達に向けて、なおも楽し気に禿光会の男は告げる。
「眼鏡ラブ転じてアンチと化す――。そうして、眼鏡の根絶を願う祈りと魔力に満ちた“ポル・ポトフ”を人気・ジャンルを問わずに、この創作界隈に生きる全ての者達すべてに無償で提供することによって、眼鏡という不自由な枷を脱し、真に開け放たれた視界を目にすることが出来るようになるのですッ!!」
そう言いながら、リーダー格が両手を広げながら瞳を閉じた状態で空を仰ぐ。
「おぉ……私には、確かな未来が見える!!眼鏡から解放され、内部から“ポル・ポトフ”の効能が染み渡っていった者達による豊かで高潔さに満ちた創作界隈の姿が!――今のような安易な気持ちよさ優先の惰弱な“なろう系”が蔓延る風潮や下手に小難しいことをほざくインテリぶった理論を排し、我々の世代が愛してやまない骨太の気風、昭和の人情、重厚な世界観に民衆が原点回帰することこそが、この世界の在るべき姿なのだ……!!」
高揚感、全能感、一体感。
そういったものに満たされながら、熱に浮かされたようにリーダー格が力説していた――まさに、そのときだった。
「――要約すると、君達は『最近の流行や作品についていけなくなっただけの、もっともらしい言葉の裏に隠れなければ自分の好き嫌いも主張出来ない臆病なおじさん達の集い』という認識で間違ってないのかな?」
その言葉を聞いた瞬間、リーダー格が禿頭に青筋を浮かべながら、他の二人とともに声のした方へ即座に振り向く――!!
「我々の崇高な意思と計画に、なんという侮辱!!年長者に対する礼儀がなっとらん!!~~~これだから、最近の若い奴らときたら!!――貴様!一体、何奴ッ!?」
それに対して、問われた人物は臆することなく淀みなく答える――。
「冷奴、ってね。――私の名前は瓜子 猗音。しがない研究者といったところだ」