ハロウィンナイトヒーロー
ハロウィン、あるいはハロウィーンとは。毎年10月31日に行われる、古代ケルト人が起源と考えられている祭のこと。本来は秋の収穫祭に時期を同じくして出てくる有害な精霊や魔女から身を守るために仮面を被り、魔除けの焚き火を焚いていた。現代では民間行事として定着し、祝祭本来の宗教的な意味合いはほとんどなくなっている。カボチャの中身をくりぬいた「ジャック・オー・ランタン」を作って飾ったり、子どもたちが魔女やお化けに仮装して近くの家々を訪れてお菓子をもらったりする風習などがある。また子どもに限らず大人たちも日頃のストレスなどから解放される為に仮装して街を練り歩き、普段なれない自分になるのだ。
しかし。この国ではハロウィンというイベントは特に問題視されていた。なぜならイベントに便乗して大騒ぎして街を汚す輩や、無遠慮に酒を飲ませ死亡させてしまう者、暴行する者などが多発するからだ。
毎年この時期になると、お菓子売り場は普段発売されない限定品で埋まり、仮装グッズが安値で市場に出回り、特殊メイクの方法を教える動画がサイトにあふれる。
そして先に示した不逞な輩共が街にあふれかえって数々の問題を起こす。それを見た日陰者共が画像や動画をインターネットでバラまいて、日頃の鬱憤を晴らそうとする。
鶏が先か卵が先か。陽気なバカが図に乗って騒げば陰気なクズがそれを咎めて騒ぐ。本来のハロウィンの形などあったモノではない。
しかし毎年この祭りは開かれて、そのたびに同じことが繰り返される。
これは、いつもと変わらないハズだった日常に起こったある事件の物語。
これは一人の少年が勇気を振り絞る物語。
たった一夜だけの、ヒーローの物語だ。
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僕の名前はケイ。ヒーローが好きなどこにでもいる18歳の高校生さ。一番好きなヒーローは?ってよく聞かれけど、その度に僕はこう答える。一番なんてない、僕はヒーローが好きなんだ。ってね。
子どもの頃はヒーローになりたかった。どうやったらなれるのかを考えたり、ショーでやってきたヒーローに聞いたり。そこで出た結果を試してみたりもした。結局未だになれてないんだけどね。いつからか僕はヒーローになることを諦めていた。なれっこないんだって。
なぜなら僕は人一倍運動が苦手なんだ。体育の成績はいつだって最低。クラスの中でも僕が入ったチームは負けるからと、チームスポーツでは僕の押し付け合い。そうなるのがわかってるから僕は得点係なんかを立候補するんだけど先生はそれを許しちゃくんない。だから僕はいつだって悪者、負け犬。別にいじめられてるわけじゃない、と思うけど、あまり良い気はしない。
そんなわけで、現実に存在するヒーローである警察や消防のレスキュー隊なんかも断念。結果として、僕はただのヒーローオタクとして生きてきたし、生きていくことになった。
でも、そんな僕でもヒーローになれるイベントがある。
ハロウィンだ。
コスプレなんてオタクのやることだって言われていて、あんまり大っぴらにやればそれだけで迫害されそうになる。だけどこのイベントだけは特別。元々は違う目的のお祭だったようだけど、この国に輸入されてからはただのコスプレパーティーとして認知されるようになった。それを良しとしない人もいるし、批判の対象になったりもするけど僕には関係ない。
たしかにイベントに便乗して他人に迷惑かけるなんて最低だと思うし、それを免罪符に使おうとしてるヒドイやつらが多いのも事実だ。だけど、僕がやりたいのはそんなことじゃない。むしろ逆。ハロウィンイベントが行われた後の街を綺麗に掃除する。これが僕のヒーロー活動。
毎年この時期は自分の行ける範囲でイベント情報をチェックしておいて、計画を立てる。実行の時間までは睡眠をたっぷり取って備える。適度な時間になって他のみんなが帰り始めたら自分で作ったオリジナルのヒーローのコスチュームを着て街へ飛び出す。このヒーローコスチュームを身に纏っている間。僕は、確かにヒーローなんだ。落ちてるゴミを拾ったり、道路に垂らされたメークの血糊を拭いたり……。自分にできる範囲で出来ることをやっていく。もちろん、これで誰かに褒めてもらおうなんて思ってない。僕は僕のやりたいことをやっているだけなんだから。
悪の怪人は倒せないだろうし、災害に巻き込まれた人を救い出すこともできない。だけどゴミ掃除くらいだったらできる。本当は誰にでも。でも誰もやらない。それなら僕がやる。それだけだ。
偽善とか自己満足とか色々言われるだろうけど、どうだって良い。これが僕なんだ。誰にもそれを否定する権利は無い筈さ。
ホントなら時期に限定しないでやった方が良いんだとは思ってる。でも僕にだって普段の生活がある。学生ってのはみんなが思ってるほど暇じゃない。ちゃんと勉強をやらないとロクデナシ扱い。社会に出てなんの役に立つのかもわからない公式を覚えてテストの点数を取らないと親や教師にどやされる。将来のことを考えろって言うくせに本当にやりたいことを言えば否定から入られる。うんざりだ。
だからこの時期だけ僕は本当にやりたいことをやっている。14歳の頃からやってるからもう4年目になるかな。とにかく。僕にとってハロウィンってのはヒーローになれるイベントなんだ。すごく特別な、ね。
さて、前置きが長くなっちゃったね。今、僕はヒーロー活動の真っ最中なんだ。拾って来た空き缶をアルミとスチールに分けてるんだけど……うぇ! 中身が入ってる! ばっちぃなぁ……。うわぁこりゃ一体なんだ!? なんでコーヒーの飲み口にこんなネットリとした変な液が付いてるのさ! はぁ……自分が好きでやってるとは言え、疲れてくるよ……。まったく。なんだってみんな自分が出したゴミ位自分で処理できないのかな……。ここは君達の部屋じゃないんだぞ? ゴミは持ち帰るのが当たり前だろう? さて空き缶は終わったかな。次はペットボトルだ。ちゃんとラベルを剥いでキャップを取って分別する。って、だからなんで中身が入ってるんだい!? 勘弁してくれえ!!!
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はぁ……やっと終わったよ……分別がね。これからは掃き掃除と拭き掃除。持参してきた武器と盾を構えて敵を一掃する。終わったら副武装に持ち替えて綺麗に血糊やらを拭きとる。全部終わらせたらゴミを一度持ち帰って、後日業者さんに引き取ってもらう。もちろん有償だよ。僕のバイト代からそのお金は出てる。けっして安くない額だ。でも仕方ない。最初の頃は分別したゴミをどう処理すればいいかまで考えていなかったから自分で処理しようとして親に怒られたもんさ。その時は仕方なく地域のボランティアの方に相談して引き取ってもらったんだ。今後はちゃんと業者に頼むようにって釘を刺されたけどね。その時教えてもらった業者さんには毎回世話になってる。僕が学生だからって値引きしてくれるわけじゃないけど、分別の仕方や効率の上がる方法を教えてもらったんだ。感謝しなくっちゃね。
さて! 敵掃除も終盤! 一気にやっちゃうぞ!!!
なぁ~んて気合入れ直して掃除をしてると、向こうから二人組のお巡りさんがやって来た。毎年の事だけどね。こんな時間にこんな格好でいればそりゃお巡りさんだってやって来る。だけど変な話じゃないか。ゴミを散らかして窓を割り、盗みを働く様なヤツを見逃しておいて、こうして街の平和を守ってるヒーローにつっかかりに来るなんて! だけどどんな正論を言ったって無駄。僕はそれを一昨年学んだ。おかげで酷い目にあったもんだよ。だから今年も……逃げる!
「あ、コラ!」
「待ちなさい!」
敵に背中を見せて逃亡するのはいい気はしないけど、仕方がない! 路地裏から壁を伝ってよじ登り、屋根から屋根に飛び移って追跡を躱す。なんか、本当にヒーローしてる気分! やってることはどっちかって言うと敵なんだけど。
追跡を撒いたらさっきの場所に戻ってきて掃除の続き。誰に理解されなくたって、かまうもんか! 孤独ってのもまたヒーローらしくていいじゃないか! そんなことを思いながら掃除を終わらせる。
終わったー! この瞬間の達成感を思えば、さっきみたいなトラブルなんて屁の河童だね! なぁんてゆっくりしてらんない! 早くこの場から立ち去らないと、いつさっきの二人組がこっちに戻ってくるかもわからない。撤収だ!
なんとかあの後無事家にたどり着いた僕は自分の部屋に戻ってコスチュームを脱いでいた。この瞬間がちょっと寂しいんだよね。なんか魔法を解かれたシンデレラの気分……僕は男の子なんだけど。今のところネットに写真も上げられてないし、僕の正体がバレることも無いハズだ。お巡りさん達も味方なら心強いんだけど、敵に回すと怖いんだよね。今だってまだビクビクしてる。この部屋に入ってからずっと窓の外から見られてる気がして、その度外を確認しているんだ。笑わないでよ? 本当なんだ。
さて、明日は……っていうか今日は日曜日。午前中の内に今回の戦果を提出して午後は映画でも見に行こうか。折角の休日だ。勉強なんて糞くらえだね。ちょっとだけ仮眠して、朝早くから動きはじめようか。それじゃあおやすみ。
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その影はずっとそこにいた。
誰かを待っているのか。
何かを望んでいるのか。
銀色の髪が太陽光を拒むようにその者の目を隠して。真っ白な肌が内なる欲望を示すが如く紅潮し。歪み開いた口元からは────牙が覗く。
「いい季節になった。忌々しい太陽の時間が甘くなり、我らの月がより永く輝く時期だ……。果たして今年も、甘い甘い供物で余の胃袋を満たすことができるかのぅ……人間よ」
妖しい目を光らせた影はその場から消える。誰もいなくなったそこに木枯らしが吹いて落ち葉を舞い上げる。
紅い紅い枯れ葉がその場にだけ集まって、真っ赤な雨の様に地に降り注ぐ。
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やばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばい!!!! すっかり忘れてた!!!! 今の時間は……ゲッ!? もう一時間切ってる!!!
え!? 何がやばいかって!? 聞いてくれよ! 僕の学校で今日ハロウィンパーティーがあるんだよ! それをすっかり忘れていたんだ! だって去年までは無かったんだから!
そもそも僕の行ってる学校は変わってるんだ。去年校長が変わると、それまでの校風がガラリと変わった。わかりやすく言うと、その……海の向こうの文化を中途半端に取り入れてる感じなんだ。
例えばそれまで制服登校が義務付けられていたのに突然私服登校が解禁されてみたり(尤もこれは良い反響が多かった。主に女子からね)それに伴ってメイクや染髪も解禁されたり(さっきの女子が喜んでいた一番の原因!)漫画やアニメのように生徒会や風紀委員が強い権力を持ち始めたし(これは反対意見が多かった……当然だよね?)それだけじゃなくラグビー部みたいな屈強な体を持つ男子が、女子はチアリーディング部のような可憐な身体の持ち主がクラスのボスのような扱いを受け始めたり(関係あるのかはわからないけどあの校長が絡んでると僕は睨んでる)挙句の果てには卒業式の後はダンズパーティ!!!(これも意外と好評だった! 僕らみたいに女の子と手も繋げないようなヤツの気も知らないで!)
そして今年はついにハロウィンパーティーを導入したってワケ! あああどうしよう、仮装の衣装なんて用意してないよ! いつも使ってるヒーローコスチュームは着ていけないし……。なんでって? 決まってるじゃないか! これで正体がバレでもしたらどうすんのさ! ハロウィンでみんなが集まる中お巡りさんに連れていかれる? 或いは実は活動中の写真を撮られてて晒される? ああああ想像するだけで恐ろしい……! 参った! これじゃパーティーに参加できない!
別にハロウィンパーティーになんて興味は無いさ。でも参加しないと……『学校行事に非協力的』だなんて成績を下げられてしまうんだ! 間違いない! あの校長なら絶対やる!!!
どうする? どうする!? どうする!!?
……賭けだけど、このコスチュームで参加して出欠だけ取ろう。そしたら後はどこかに隠れていればいい。或いは帰ってきてもいいかもしれない。時間はあと…………!? そうこうしてる内にあと30分も無い!?
急げ急げ! ちくしょう! なんで折角のパーティーにこんな憂鬱な気持ちで臨まなきゃいけないだ!?
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「良い……匂いだ……。甘い甘い供物の匂い。美味い美味い菓子の匂い」
日が沈み、夜の闇が街を包む。灯るは科学の火。信仰無き光に力は無い。故にこの者も恐れず。妖艶な雰囲気を纏って、歩を進める。
「合言葉は、『トリックオアトリート』だったな」
笑う。お菓子の家を前にした幼子のように。幼子との違いは無邪気か否か。
それだけだ。
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な……なんとか着いたァ……。時間ギリギリ……。にしてもスゴイ絵面だ。一年生も三年生も関係なく仮装して、歌ったり踊ったり、ケータリングのお菓子や料理を食べたり、葡萄酒ならぬブドウジュースをグラスに注いで乾杯してたり……ここ本当に学校? っていうかなんでみんなそんなに馴染んでるのさ。このパーティーは今年から始まったんだろう? 僕がおかしいのかな……?
「よぉ、ケイ! そいつはなんだ!? ヒーローか!?」
さっき言ってたの覚えてる? 校長が変わったってだけで急に偉なったボス(猿)のラグビー部。そいつが話しかけてきた。
「やあ、ダン。そう言う君は……フランケン?」
「おう! おめえみてーなヒョロガリのヒーローなんざあっという間に一捻りしちまうモンスターだ! 怖えーか?」
ガオーッなんて脅して来る。彼が僕相手に特にからかってくるときは大体愛しの彼女が近くにいるとき……ほぉら。やっぱりいた。
「ブゥ。あんまし弱虫ケイを虐めちゃ可哀そうよ。今だってどっちがヒーローかわかんないくらい情けなく怯えちゃってるもの」
「ダハハハハッ! 傑作だなぁケイ!」
「あ、あはははは……」
クソっバカにされてるんだぞ僕は! なんとか言い返せケイ!
「ところで、ナオミは……吸血鬼? かな?」
ハァー……。そんなことどうでもいいだろうケイ……!
「吸血鬼? 少し違うかしら。よく見なさい。悪魔よ、あ・く・ま♡」
「ハニー。よく似合ってるぜ。最高だ」
「ありがとうブゥ。それもう10回目よ」
「何回言っても足りないのさ。今晩中にあと100回は言うぜ」
「嬉しいわ! あなたって最高!」
それここでやらないでくんない? 心底どうでも良いんだ。こんなこと言うべきじゃないかもしんないけど、僕の名誉の為に言っておく。これは決して嫉妬じゃない。
フランケンのコスプレなんてしなくても充分恐ろしい顔付きのダンに悪魔ってのがまさしくピッタリな厚化粧のナオミ。美男美女ならともかく…………嫌気がさす!
マヌケ二人がピンク色の世界にトリップしてる間に僕は出欠だけ済ませに先生の下へ行く。これもおかしいけど、なんでか出欠取ってるのが各クラスの担任じゃなくて校長なんだ。ホントになんでこの人は……。
「校長先生、こんばんは」
「違う」
「え?」
「ハッピーハロウィーンだ! ケイ!!!」
「あ、えと……。ハッピーハロウィン、校長」
「ハッピーハロウィーンッ! ケイィ!!! それはなんのヒーローかな!?」
「これは……子供の頃に憧れたヒーローで……」
嘘は言ってない。
「そうかッ!!!! 私もね! ヒーローなのだよ!」
「え?」
「今宵一晩限り! 生徒の、学年の、いや! 生徒と教師の壁すら取り払い! 真の交流を目指すヒーローッ!!! その名も、『グレートフル・プレンチパル』ッ!!! どうかね!?」
一々聞かないでくれ答え辛い。
「かっこいいです、とても」
「ありがとうッッッ!!! 今夜は目一杯楽しんでくれたまえッッッ!!!」
うんざり。これのどこがハロウィンなんだ? ただの仮装パーティーだ。結局のところバカ騒ぎしたいだけだろう。どうでもいいけどさ。
さて出欠は取った。後はどこかに隠れてやり過ごすか、いっそ帰ってしまおうか……。
いや、折角来たんだ。せめてケータリングの料理ぐらい食べていこう。ちょうどお腹も空いていたしね。
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「ねえブゥ」
「どうしたんだい? ハニー?」
「あそこのテーブル、見て」
「ん? ……どうかしたのか?」
「あの銀髪の子。顔見た?」
「いいや?」
「私、あんな子知らないのよ。多分よそ者。この学校の生徒も教師も顔を覚えてるから間違いないわ」
「本当かいハニー? それはよくないな。このパーティーはこの学校に通う者達だけのパーティーだ。不法移民には出てってもらおう」
「素敵よ。カウボーイ♡」
「ありがとうハニー。じゃあちょっと行ってくる」
ダンはナオミから離れて、ケータリングの一角に向かう。背中を向けた影に声をかける。
「おい。そこのお前。ここで何をしている」
「…………」
「お前だ銀髪……ゆっくりとこっちを向け。」
「…………」
「おい! 聞こえないのか!?」
痺れを切らしたダンが強引に肩を掴んで振り向かせる。そこには────。
「ムグムグムグムグムグ…………」
幸せそうな笑顔で口いっぱいに菓子を頬張る銀髪の少年がいた。
「聞け! お前に話しかけてるんだ!」
「ムグムグムグムグムグ…………」
「この……ッ! 食うのを、やめろ!」
ダンが少年の手を叩いて、持っていた菓子を全て下に散らばせる。
途端。少年が、目を開く。真っ赤な瞳に明確な殺意が宿ってダンに掴みかかる。そのまま体を片手で持ち上げる。
「なッ!?」
「思い上がるなよ人間風情が……!」
少年がダンを睨みつけるとダンはその気に当てられて小さな悲鳴を口から漏らす。
「今宵はトリックではなくトリートで済ませてやろうと思っていたが、やめだ」
「鏖殺だ」
学園の王の不用意な発言が、行動が。眠れる獅子の尾を踏んだ。
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それは僕がすっかりハロウィンパーティーを満喫していた頃だった。なんだか周りが騒がしいことに気が付いて、人だかりの方へ顔を向ける。
────なんにも見えやしない。仕方ないから諦めて目を離す。そして何枚目かのピザに手を伸ばした、まさにその瞬間だった。
とんでもない騒音と叫び声。ガラスが割れたような音も聞こえた。いよいよ只事じゃない! そう思った僕はピザを咥えながら騒ぎの方へ駆けていく。野次馬だなんて言わないでくれ。自分の、学校の、パーティーで。こんなことが起きれば気になって見に行ってしまうのが普通だよ。でもそこで見たのは普通じゃない、信じられない光景だった。
銀髪の少年が宙に浮いていたんだ────背中から羽を生やして。
ハロウィンパーティーなら、そりゃあ吸血鬼ぐらいいるさ。ヒーローだってここにいる。でも、それは仮想の、いや仮装の話だ。本物はお呼びじゃない。
そう。お呼びじゃないんだ。
本物のモンスターなんて!!!!!!!!!
全員がパニックになった。今まで見たことない光景だったから、というだけじゃない。あの少年から只ならぬなにかをみんな感じたんだ。そして理解した。ここにいれば、彼の視界に入れば。
殺されることを────!
みんな我先に逃げ出そうとする。結果、人が人の動きを封じて、自分たちの手で自分たちの死期を早めてる。みんなわかってる。冷静にならなきゃいけないこと。このままではマズいこと。
でもいくら頭で分かっていても身体は言うことを聞いてくれない。だから、みんな押し合い圧し合い、足を踏んで踏まれて、負の連鎖から逃れようとして負の連鎖にハマって。そうこうしてる間にも、少年が一歩一歩近づいてきた。
全員のパニックが最大に膨れ上がった時だった。
僕の耳に、泣き声が聞こえた。人ごみの先。小さな女の子だ。なんでこんなところに。だってここは僕らの学校。関係者以外は立ち入り禁止の筈。
「レナ!!!!」
ナオミが叫んだ。彼女の知り合いか?全く。どうせ自分は部外者立ち入り禁止とか言っときながらこんなとこに連れてきたんだろう。やめとくべきだったんだ。こんなことになるのなら。
「レナ!!!! 逃げて!!!!」
無理に決まってるじゃないか。あんなに小さな女の子だ。あまりの怖さに、半分自我を失ってるようなもんだろう。かわいそうに。
────ハロウィンパーティーなら、そりゃあ吸血鬼ぐらいいるさ。|ヒーローだってここにいる。《・》────
よせよ。何を思い出してる。何を考えている。
────こうして街の平和を守ってるヒーローにつっかかりに来るなんて!────
おいおい思い上がるなよ。お前はゴミ拾いしてるだけのただの偽善者なんだぞケイ。
────偽善とか自己満足とか色々言われるだろうけど、どうだって良い。これが僕なんだ。誰にもそれを否定する権利は無い筈さ。────
────ッ!
──|このヒーローコスチュームを身に纏っている間。《・》──
────|僕は、確かにヒーローなんだ。《・》────
気が付いたら、僕は人ごみをかき分けてその女の子の元へ走っていた。
自分でも驚くほど身体が軽かった。今まで感じたことが無いほどの足の速さ。女の子に飛びついて抱きかかえ、そのまま勢い余って直線上のガラスに突っ込んでしまう。
痛い、ッけど、今はそれよりも気になることがある。『君、レナちゃん? だよね? 大丈夫? ケガは?』なんて聞こうとして思い直す。違う。違うだろケイ。ヒーローはまずこんな時、なんて言うんだ?
「レナちゃん! もう、大丈夫! 君は……僕が絶対守るから!」
後ろを見る。こっちを見た銀髪の少年と目が合う。殺意が向けられる。やばいやばいやばい! 一刻も早くここから逃げなきゃ!
その時だった。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」
その少年に後ろから組み付いた影があった。
「……貴様。まだ動けたのか」
「この学園のキング、ダン様を舐めるな……!」
ダンだった。頭からは夥しい量の血を流して、フランケンの仮装の必要が無い位全身ズタボロになって。それでも少年に必死に組み付いていた。
「ハニー!!! 今の内だ! みんなを誘導してくれ!」
「……! わかったわ! みんな落ち着いて! 絶対助かるわ! チア部! あなた達に一番近い出口に付近の人を誘導しなさい! 部長命令よ!」
ダンの一言がナオミを動かし、ナオミの一言がチア部の人間を動かす。
少しずつみんなが冷静になっていく。みんな恐怖と戦いながら、しかし負けまいと歯を食いしばって。自分に今できることをする。
ダンの仲間たちや、他の運動部からも体力自慢はダンの助太刀として少年の元へ。
チア部だけじゃない、大きな声に自信があるものが誘導や避難の指示をして。
今の自分では足を引っ張るだけだと悟った者達は潔く、迅速に避難をして。
もちろん先生方もダンの助太刀やら避難誘導やらをしていたし、誘導していた生徒たちを逃がす為にと交代していた。
僕もこの間にレナちゃんを抱きかかえて避難して、レナちゃんをナオミに預ける。
「レナ!」
「おねえちゃん!」
姉妹だったのか。全然似てないや。
「ありがとうケイ、なんて言ったらいいか……」
「あぁ、気にしないで。良いから」
なぁんて言って下手くそな笑顔を作る。イマイチ決まらないヤツだなぁ僕は。周りを見ると殆どの避難が完了したようだ。随分と人が少ない。警察に連絡したとも聞こえてきた……なんて言ったんだろう?
だがダンたちも限界の様だ。少年を人数の力で押さえ込んでいたが、その凶悪なまでの力によって、遂にはじき返されてしまった。
「下等な人間ごときが……! 図に乗るな!!!」
少年が声を張ると、それだけで何人かが吹き飛ばされる。どれだけ足掻いたって僕たちは人間だ。あんなコミックやムービーに出てきそうなモンスターになんて立ち向かえるわけじゃない。
どうする? 状況は決して変わってない。どうしたらいい……!?
「あのね、おねえちゃん。」
「どうしたのレナ?」
「さっきね、あのおにいちゃんといっしょにね、おかしたべてたの。そしたらね、あのおにいちゃん。チョコすきなんだって。だからね……チョコあげたらゆるしてくれるかなぁ?」
……どうだろう。それはないんじゃないかな……? あいつが何者か全くわからないけど、チョコレートで怒りを鎮められるモンスターの話なんて聞いたことがない。
「だめよレナ。いい? 一緒に逃げるわよ」
「でも、おにいちゃんすっごくやさしかったの。レナにね、チョコわけてくれたの。だからね、ありがとうっていったの。そしたらね、にこーってわらってくれたの。おにいちゃん、ほんとはきっといいひとなの」
この時、一つ作戦を思いついたんだ。
現状、あの少年を止める術は無い。僕なんかより屈強な身体をしたラグビー部の人達が束になっても勝てないんだ。なんとなくだけど、人間の手でどうにかできる相手じゃないと思う。それなら、彼の心を満たすのが一番手っ取り早いと思うんだ。
今日はハロウィン。合言葉は、トリックオアトリート。もてなしを拒絶されて、怒ってるという前提なら────!
僕はある場所へ走り出した。今縋れる唯一の希望。バカげてる、有り得ない。とは思う。でも、今は他に方法が無い!!!
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宙に浮く銀髪の少年が見下ろす先には、傷付き、倒れた者たちが大勢いた。
「なぜ歯向かう? 貴様ら人間ごときが、ほんのわずかでも余に勝てるとでも思ったのか?」
少年の目に先程までのような怒りはなく。純粋な疑問として、言葉が紡がれる。
「────ッ! 決まっている!」
ダンが立ち上がり、再び構える。もう立っているのでやっとの筈の負傷だが、それでもなお立ち向かおうとする。理由は一つだった。
「ここが俺達の学校だからだ! 貴様のようなモンスターの、好きにはさせん!」
「会話になってないな」
少年は欠伸をしながら伸びをして、ダンの目を見て喋り始めた。
「余が問いたいのは、なぜ『自らの命を賭して余を殺しに来る』或いは『自らの命を守る為に余から逃げ惑う』のどちらでもない行動をとるのかということだ。さして丈夫でもない盾だけで命は守れぬ、狩れぬ。ならば同じ丈夫でないにしても矛を持ってくるべきだ。なのになぜそうしない? なにがしたいのだ。お前たち人間は」
全員が静まり返る。誰も何も言えない。そこに、駆けてくる音が聞こえる。全員が振り向くと、そこにはケイがいた。
「ケイ……!」
「ん? 貴様は先の……。貴様も何を考えているのだ? なぜ折角余から逃げおおせたものを再び舞い戻ってくる? なにが目的だ?」
「ゼェ……ゼェ……。ゴメン!」
ケイは息を整えると、少年に向かって謝りだした。その場にいる全員が目を点にして呆ける。
「君が何者なのかはわからないけど、君もパーティーに参加してたんだよね?」
「…………いかにも。余は一年に一度、この季節に必ず起きるのだ。それ以外は眠ってる故、起きた時には腹が減っている。幸い、人間共が余のような身なりをしている故、いつもならスムーズに食事ができるのだが……。なぜか今日はそうはいかなかったのだ……! そこにいる薄汚い人間のせいでな!」
少年が指さしたのは、ダンだった。
「は!? 俺!?」
「そうだ! 貴様は、あの時! 余の手に触れるばかりか、余の食事を妨げた! 万死に値する!」
怒りを思い出したようで少年は再び禍々しい気を放つ。その圧が周りを呑み込もうとしたとき、ケイがあるものを少年に差し出した。
「これ、よかったら受け取って!」
「!」
それはケータリングに積まれていた大量の菓子が詰まったバスケットだった。チョコレート菓子が多めに入っており、こども心をくすぐる見た目になっていた。
「……良いのか?」
「もちろん!」
「そうか……。そうか……!」
少年が頬を赤らめ、涎を垂らす。ケイからバスケットを受け取ると、笑顔でチョコレートを頬張る。
「ムグムグムグムグムグ…………!」
「どう……かな……?」
「うむ!」
満足気に少年がうなずく。そしてそのまま羽ばたいて夜空へ舞う。
「喜べ人間共。余は機嫌が良くなった! お前たちを許してやる。また来年会おう!」
そう一方的に言うと、その姿は闇に溶け、いつの間にか影も形もなくなっていた。
「……助かった、のか?」
「そう……みたい……」
ダンの問いかけにケイが答えると、それを聞いた全員が安堵してその場に座り込んだ。
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この後、すぐに警察と救急車がやってきた。ちょっと遅いくらいだけど。負傷者の何人かはこのまま病院に行くみたい。もちろんダンも。というか、彼が一番ひどい。あとで聞いたけど、肋骨が何本かと鎖骨が折れていて右肩は亜脱臼、左くるぶしにヒビが入っていて、頭も割れていたみたい。よく意識があるねなんて医者もおどろいてたらしい。
ダンがストレッチャーで運ばれる時、僕に声をかけてきた。
「ケェイ!」
「え?」
「俺はもう二度と。お前を弱虫などとは言わん。名を教えてくれ、ヒーロー」
名前!? どうしよう……そんなのなにも考えてないし……。
「あら、名乗るほどの名前は無い。なぁんて言っちゃう気?」
「ナオミ! そうだ、レナちゃんは!?」
「ここよ。あんたにどうしてもお礼が言いたいんだってサ。ヒーローさん♡」
「ええ!?」
「ヒーローさん……。ありがとう……ございました……」
「そんな! むしろ僕こそお礼を言わなきゃ!」
「どうして……?」
「僕たちはあの男の子をどうやってここから追い払うかしか考えられていなかった。だけど、君の言葉が、僕にヒントをくれた。だから、こうしてみんな無事に生き残れたんだ」
「俺のどこが無事なんだ!? 今日はフランケンだった筈だぞ!? なんでいつのまにかミイラ男になっているんだ!」
「まぁまぁ……」
「わたしも、おやくにたてた……?」
「うん! 君のおかげだ!」
「……えへへ」
「ヒトの妹を口説くのは結構だけどさ、名前をそろそろ教えてよ。じゃないとブゥがいつまで経っても病院に行けないわ」
「あ、ええとえと……。実は名前なんて考えて無くって」
「なんだ、名無しのヒーローかぁ? そりゃ無いぜ!」
「ゴメン! 今考えるから!」
「そんな適当な感じでいいの? あんたのヒーローネームなんだよ?」
「だって……!」
「おなまえ、ないの?」
「無いんだってサ。変よねー? あ! レナ! あんた考えてあげなさいよ! いいでしょケイ?」
「え? あ、あぁもちろん!」
「んーとね……。『ハロウィンナイト』」
「ハロウィンナイト……。ハロウィンのNightに現れたから?」
「ううん、ちがうの」
「わたしのKnightだから……」
この時のことはよく覚えてる。ナオミにもダンにも口笛吹かれて散々茶化された。僕は恥ずかしくて顔が熱くなってくるし、話を聞いていたみんながそろって『ハロウィンナイト』コールするもんだから余計に照れ臭いやらムズ痒いやらで……!
でも悪くない気分だった。
───子どもの頃はヒーローになりたかった。───
────いつからか僕はヒーローになることを諦めていた。なれっこないんだって。────
たった一晩。たった一瞬の奇跡。
それでも僕は。
ヒーローになったんだ!
────ハロウィンナイトヒーロー・完────




