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素晴らしき家族計画

作者: 雉白書屋

「おはよー」


「おはよー!」


 まだ起きたばかりでふにゃふにゃしている私の挨拶とは違って

お母さんの小川さんはいつも元気に返してくれる。

それを見て新聞を広げながら、ふふっとお父さんの大山さんが笑った。


「おはよう、大山さん」


「おはよう中野さん、ふふっまだ眠そうだね」


「うんー、ふあーあ、いたっ! なによ!?」


「……ボサッと突っ立ってるからだよ」


 後ろから弟の山下くんが私の肩にぶつかり、押しのけるようにリビングに入った。

若干の空気のピリつきを感じたけど、それでも当初よりはマシになった気がする。


 お母さんの小川さん。

 お父さんの大山さん。

 弟の山下くん。

 そして私、中野優子。


 これが私の新しい家族だ。

 親がいない子供。子供がいない親。

空き家問題だの一極集中だの少子高齢化だの何だのよくわからないけど

色々な問題を一気に解決しよう、みんなで支え合って行きましょうって

ちょっと前に、政府が言い出した。


 強制的に家と名字とそこで暮らす家族を決められ、私は不満しかなかったけど

顔合わせ初日、お母さんの小川さんが

「それぞれ、前の名字で呼び合わない? 少しずつ慣らしていきましょう」

って言ってくれたから今の形に収まった。

割り振られた名字は『月元』

 正直『中野』よりカッコいい気がするけど

名字にはそれぞれの家族や思い入れがあるのだからこのままでいい。

 私の家族は交通事故で死んだ。

お父さんとお母さんの命だけじゃなく名字まで奪われたくない。絶対に。


「山下くん、おはよう!」


「チッ」


「山下くん、おはようは? ね? おはよう?」


「うるせーんだよ!」


 山下くんは冷蔵庫からパンを取り出すと

小川さんを無視してリビングから出て行った。


「んーもう。ま、仕方ないわね。朝の挨拶は三人だけっと……」


「山下くんもしたことにすればいいんじゃない? バレないでしょ」


「んーん! ズルはダーメ」


 私はそう言われるとわかっていながら提案した。

ズルは駄目。まともな感覚にホッとする。親はやっぱり常識がないと駄目だ。

 山下くんの両親はそうではなかったらしい。

詳しいことは知らないけど虐待、ひどい扱いを受けていたそうだ。

 私より五つ下の八歳の小学二年生でそんな人生経験をしてきたなんて同情しちゃう。

ま、私も不幸って話なら人のことは言えないけど。

 ようやく中学の制服に馴染んだと思ったら両親の事故でいまの状況。

引っ越し、転校で新しい中学の制服。

でもこれも馴染んできた。私って意外と精神がタフなのかもしれない。

 まあ、さすがに転校初日のクラスは緊張したけどね。

まず、先生から紹介で『月元』なんて、自分の本当の名字じゃ呼ばれないんだもの。

それだけで混乱しちゃった。



「おはよー!」


「あ、優子おはよー!」

「うぃーす、月……じゃなかった中野」

「優子ちゃん、おはよ」


 と、こんな風に今ではクラスに馴染み、友達が出来ただけじゃなく

私が『月元』じゃなくて『中野』って呼んでってお願いした通りに

みんなしてくれている。

まあ『優子』って呼ばれることの方が多いけど。


「あ、月元さん、プリントの提出、今日だから」


「あ、はーい……」


 まあ、中には違う人もいるけど……。

でも責めない。彼女はクラス委員で真面目な子なんだ。

学校、先生、政府、法律そういったもの忠実というかいや、まあ良い事なんだけどね。

 でも前に彼女が私に『月元』のほうがいいじゃないって

ボソッと言ったことにはちょっとイラっとくる。

 まあ、転校初日、クラスメイトたちがカッコイイね、とかいいなーとか言ってきたし

別に悪い意味じゃないんだろうけど。

ああ、決まりごとは守りなさいって感じかな。堅物ね。ちょっと変な子。

 でも嫌なのは今でもたまに他のクラスとか学年とかの人が

ヒソヒソと、こっちが目を向けたら逸らしてきたりとか。

 新しい制度だから古い人たちはあれこれ言うんだ。

まあ、それも小川さんの受け売りだけどね。


 そんなこんなで、山下くんの事を除けば今の生活も悪くはない。

全部じゃないし、高いものは無理だけど

必要なものはお願いすれば買ってもらえるし

そこそこの暮らしができるんだもの。

まだぎこちないところもあるけどきっとそれもそのうち馴染むはず。


 そう思っていた。




「うるせーよ!」


「やめて、山下くん! やめて!」


 友達と寄り道して夕暮れ時に家に帰った私を迎えたのは悲鳴と怒号。

リビングの惨状。割れたお皿。グラス。

開けられたままの冷蔵庫がピーピー鳴っているのを

小川さんも大山さんも気にしてはいない。

 二人の視線の先にいるのは山下くん。

いつかこんな日が来るんじゃないかと思ってた。

 ついにキレたのだ。

 たかが小学二年生。子供。でも、その手には包丁が握られている。

 私は小川さんと大山さんに目を向けた。

血は……出てない。怪我はしていないようだ。

一先ず安心。三人がかりなら誰も怪我無く取り押さえられるだろうか?

でも二人とも体が震えて頼りになるかどうか……あ、私もだ。


 怖い。山下くんが怖い。

それはこの家に来た当初から感じていたことかもしれない。

 全員が他人。でもその中でも虐待された子。どう接していいかわからなかった。

彼は優しさを知らないから、優しくしてくれる小川さんに戸惑い

そして人に優しくする方法も知らないから、ただ悪態をつく。

それが怖い。でも……。



「戸惑うのもわかるよ」


 私の口から自然と言葉が出た。


「苦しいんだよね? 今まで優しくされたことがないから知らないんだよね? どうしたらいいか。

でも……私だってどうしたらいいかわかんないよ!

優しいお母さん、それにカッコいいお父さん。

弁護士やってて弱い人たちの味方だったんだよ。

よくは教えてもらってないけど悪い人たちに騙された人を助けてたんだって。

その二人を一度に失って……。

でも小川さんも大山さんも私たちのこと気にかけてくれたじゃない!

あんた、山下くんさ、一度でも『おはよう』って返したことあった?

歩み寄ろうよ……いつまでもそんな……わたしだって……」


 溢れる涙を止められなかった。まだ言いたいこと、言わなきゃいけないことがあるのに

私の言葉はぜんぶ、ぜんぶ飲み込まれてしまった。


「……山下くん、お母さん、私はね、子供に家出されちゃったの。

良い人間でいようって頑張ったのよ。でもね、あの子は不満だったみたい。

今じゃどこにいるかもわからなくて、寂しく思うときもあったの。

でもね、今の生活。私、すごく気に入っているのよ?

だってこんなに素晴らしい家族に出会えたんですもの。

あなたは私の最高の息子よ。私も最高のお母さんになりたい。

あなたのご両親のことを悪く言うのは気が引けるけど

悪魔に取り憑かれた人たちのようにはならないわ。だから、安心してほしいの……」


「……そうだとも、まあ、私は結婚はしたことないが

それでも息子とは、娘とはこういうものかと毎日感謝でいっぱいだ!

私の自慢の息子、娘、妻だとみんなに自慢して職場で煙たがれているくらいさ!」


 大山さんはそう言って軽快に笑った。私も、小川さんもつられて笑う。

山下くんも口元が緩んだ。そしてその唇の上には水滴。涙が。


「ねえ、山……輝明くん。そう呼んでもいいかな?」


「おお、中野さん、それはいいアイディアだ!」


「本当にそうね! じゃあ私も『中野さん』じゃなくて

優子ちゃんって呼んでもいいかしらね?」


「お、私もいいかな……?」


「うん……! いいよ、お母さん。ふふっ、お父さん。それで、輝明くんでいいの?」


「ふん、好きにすれば……」


 そう言いながら弟の輝明くんは包丁を置いた。

弟なんだから輝明って呼び捨てでいいかな? それともテル?

まあ、それもそのうちでいいかな。

私たちはこの先もずっとずっと家族なんだから。


「うふふ、嬉しいなぁ。じゃあ私たちは『月元』ということで!」

「うん!」

「ああ」

「ふん」


「それじゃあ、ポイントっと」


「もう、お母さん、真面目なんだから」


「ふふふ、大事なことなのよ。

ポイントを貯めないと相性が悪いって判断されて離れ離れになっちゃうんだから」


「そうだな。あ、そうだ! お祈りもしておこう。

家族全員でするとポイントがすごくたくさん貰えるんだ」


 私たち四人はリビングの神棚に飾られている

卵みたいな形をした石に向けて手を合わせた。

 みんなで同じことをするのはなんだかちょっと恥ずかしくて

薄目を開けると輝明くんと目が合って私たち二人はクスクス笑った。


 新しい家族。新しい生活。新政党の心進党。

きっとより良い未来が私を、私たちを待っている。

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[良い点] 何とも言い難いモヤモヤとした読後感でした♪← オトシ方がお見事でした! [一言] いいじゃないの、みんながしあわせならば〜♪
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