神技
驚愕。眼を、見開く。
まさか。
と、思ったのは、一刹那。
火猿さんと僕との間に、ファーちゃんが僕を守るように両手を広げて立ち塞がっている。
おそらく火猿さんにも予想外の展開だったに違いない。
驚いた顔と、急停止しようとしているのが分かる。
だか、止まらない。…止まらない。
鍛えられていないファーちゃんの身体では、火猿さんの攻撃には到底耐えられない。耐えられるはずがない。
ファーちゃんが死んでしまう。僕を守るために。
ダメだダメだダメだダメだダメだダメだダメだ…。
「刮、か、か…。」駄目だ、言えない、封じられている。
刻一刻と近づく火猿さんの両手刀。
助ける!ファーちゃんを死なせない!
(…使えなかったら、新しく作り出せばいい。)
頭の中で、天啓が閃いた。
「け、顕現せよ。」(助ける。)
自己の奥深い場所から、煌めく何かが吹き出していく。
「し、シープモード発動!」(助ける。)
泣きながら訳が分からないまま…言葉を紡ぐ。(助ける。)
僕の中から何かが噴き出しキラキラと風と共に散っていく。
何がなんだか分からないけど、少しでも前に出ようとする。
状況は変わらない…(絶対に助ける。)
火猿さんの足の下に何故かバナナの皮があった。
「おお、なんじゃ。」
ツルリと滑り、手刀が僅かに右方向に進路変更した。
ファーちゃんの足元にも何故かバナナの皮があった。
「きゃー。」
ファーちゃんはツルリと滑り、後ろに倒れつつ、手刀とは逆方向へ体が傾く。
いける。
あとは、僕がファーちゃんと身体を入れ替えるように、前へ出れば手刀は僕に当たる。
これでいい。
これでいいんだ。
良かった。
ありがとう。ファーちゃん。僕を助けようとしてくれて。
ありがとう。火猿さん。必死で止めようとしてくれて。
火猿さんの顔が驚愕に歪む。
的が刹那に何度も入れ替わるなんて、そりゃビックリですよね。
「ふおああがおああぁ!」
今まで聞いたことの無い火猿さんの叫び声だ。
…
そして、火猿さんの繰り出した手刀は、僕のお腹の前で、拳の形で丸くなり止まっていた。
「ぐはあぁ…はあっ…はあっ…。」
火猿さんの顔は脂汗だらけで滴り落ちていた。
僕は目を丸くする。…信じられない。
普通なら繰り出した手刀を途中で止めるなんて出来やしない。意志の力で無理矢理指を曲げるなんて達人クラスでも可能とは断言出来ない至難の技だ。
凄い…火猿さんは、正に達人の神技級の人だ。
火猿さんは、その場で尻もちを着いた。
おそらく火猿さんの指は筋断裂をおこしているに違いない。
跪いて、火猿さんの両指先を両手で包み込む。
「白掌。」神気を流して回復に努める。
「火猿さん、ありがとう、ごめんなさい。」
敵なのに、僕達の為に自分の指を犠牲にして必死になって止めてくれた。ごめんなさい。嫌らしい爺いだなんて少しだけ思ってごめんなさい。本当はとても良い人だった。
涙がポロポロと溢れ落ちる。
その時、影の人が、現れ火猿さんに言った。
「火猿殿、お主の負けだ。確か同門では、後ろに退がった方が負けだと聞く。それは退がったうちに入るだろう。」
影の人は、火猿さんが尻もちを着いた場所を指差した。
えっ、あっ…でも僕同門でないし、実力的に負けです。
「そうじゃのう。わしの負けよ。…完敗だ。」
そう言って、火猿さんは爽やかに笑った。
落日の最後の陽光が火猿さんの顔を照らしていた。
…そして陽は沈み、辺りは暗くなった。