火猿(後編)
新鮮な空気を貪る。
静寂に自分の荒い呼吸音だけが聞こえる。
疲労感が半端無い。
まるでフルマラソンを完走した後のようだ。
ははは、朗報です。火猿さんも、一緒だ。
…僅かに両膝が震えています。
御老人には、さぞ応えることでしょう。
何しろ、魔法を撃ち出すと同時に突撃し、一瞬の攻防から離れるまで、体感で2秒に満たない。
驚異の無酸素運動である。
ううっ、身体中が痛いよ。
火猿さんを観る。
掌の紅気が消えている。
爆裂掌は、大量の気を消耗する。使用しなくても準備してるだけでも、それは同じ。
火猿さん、フルマラソンの後で、大量の気を使うことは可能ですか?…ふふふ。
昔、前世で見た功夫映画を思い出す。
弱かった青年が修行を経て、強敵を倒す映画だ。
木人と闘ったり、蛇や猫の動きを真似したり、酔った動きを取り入れた拳法だった気がする。
たしか…こんな感じかな。
酔ったような、足取りで近づく。
今までのセオリーが通じないならば、新しく創るまで。
試行錯誤だ。
火猿さんが構える。
「なんじゃ、その奇妙な動きは……むっ、練磨性を感じん。こけおどしとみたぞ。」
頭の中で、音楽が鳴っている。
修行だ。これは修行なんだ。
イメージをなぞる。動きを思い出す。
蛇の動きで、手を突き出す。手首を回す。
弾く、突く、滑らせる。
[千日手]の修行で、足腰は鍛えてあるから、無理な態勢からでも、手拳を打つ事ができる。
むむ、これは案外相性が良いかもしれない。
おそらくは火猿さんが体験していない動き、初見では見切れないでしょう…ねえ、火猿さん。
1秒間に何十種の攻防を、お互いにクルクルと何十周と回りながら繰り返す。
全力を出し切る。
最後の置き土産に、低空の無理な態勢を土台に、足元から奴の喉元まで手首を登らし、手首を翻して手刀を火猿の喉元を突いて、離れる。
手応え…無し。突いた喉が、まるで石のように硬かった。
喉って、鍛えられるの?!
これでは火猿ではなく石猿だよ。
ダメージは与えられなかったが、一撃喰らわせたことは、火猿さんのプライドを傷つけたらしい。
全身から紅の気がオーラ状に噴き出している。
来る!
来るとは、分かったけど、最早満身創痍状態。
一歩も動けない。
立ってるだけで精一杯だ。
エナミーゼロだ。身体の何処らかもエネルギーは無い。
枯渇した、使い果たした。全力を出し切った。
何も残ってない。
来た。
爺とは思えないスピードで突っ込み、両手突きを繰り出す。どちらかを避けても、残った一方が僕を突き殺す。
逆情しても隙がない。…僕、詰んだ?!
上がらない両手をブラリとさせながら、僕は、それでも来る火猿さんを睨む。
意識が朦朧となりながら、火猿さんの顔がニヤリと笑った気がした。
ところが、僕と火猿さんの間に割り込んだ者がいた。
「させません。守ります。私が…。」
ファーちゃん!