火猿(中編)
魔法を撃ち込みながら、心の動揺を抑える時を稼ぐ。
…正直ショックだった。
今まで積み重ねて来たモノが通用しない。
でも、それは世間では良くある事で、珍しい事でもない。
今までもあったし、これからもあるだろう。
だから、スタートは今、これから。
通用しないことが分かったのは貴重な情報。
…ならば問う。
何故と、疑問が生まれる。
試行錯誤するしかない。
前へ進むしかない。
それは、積雪をラッセルして、進むに似ている。
分からない…それはあたりまえの事なんだ。
そういえば、前世では、行き当たりばったりだった気がする。
その時の、集中力は、研ぎ澄まされたと思う。
でも、それだけでは、駄目だと分かった。
センスだけでは駄目なんだ。
凡事徹底…平素の何気ない事を真面目に真剣に取り組む事の大切さを僕は失念していた。
毎日の忙しさに、大切な事をいくつも取りこぼしていた。
だから、今世では、毎日を大切に愛おしく生きている。
毎日を、煉瓦を一つ一つ積み重ねるように生きている。
その延長に、今の僕がいる。
過去の蓄積の結晶が、今の僕だ。
誇りある過去の僕に恥じぬ、今の僕でありたい。
そして、未来の自分へとバトンを渡していきたい。
まもなく落日となる。
「lancer。」低い声で微かに呟く。目立つ必要は無い。
光風の槍を十本発射した。
槍は、それぞれの空中にネオンの様に輝く魔法陣から、音を立てて火猿さんへと向かっていく。
僕は、同時に火猿さんへと駆け出した。
1秒あれば、通常人で6、7mは走れる。
僕なら0.1秒で走破可能。
大地が踏み込んだ勢いで、抉れる。
音を残すように、大地を掴み地球を転がすような気持ちで、駆ける。
横を、光風の槍が飛んでいる。
さあ、勝負ですよ。
腰の後ろに下げていた拳銃を、両手で、それぞれ抜く。
2丁拳銃だ。
パンが無ければケーキを食べればよい。
爆裂掌が通用しなければ、拳銃を使えばよい。
構えて撃つ。
火猿さんが避ける。
常に動きながら、お互いに良い位置どりを取り合う。
光風の槍が周囲を飛び交い、爆裂する。
火猿さんの両手の平が、紅くボンヤリと光り輝く軌跡が空中を描く。爆裂掌だ。触れたら終わりである。
こちらも引き金を引きながら拳銃を、次の位置へ、次の位置へ置くように動いていく。
一手間違えれば、あの世行きの超絶至近距離の接近戦だ。
火猿さんのふざけていたニヤケ顔も真剣だ。
読み合い、速さ、は均衡していた。
…弾が切れた。
空になった銃を捨て、袖口から新しい銃を出す。
撃つ。撃つ。撃つ。
全部、避けられる。
なんて奴。
この間の攻防は1秒。
この人、化け物ですかぁ!
手首を掴まれそうになると同時前に、手首を回転させて、縦横を細い方に合わせ、切るように抜ける。
両手首を、掴まれそうになる前に、自分の両手を握り、真上に切るようにして振り上げ抜ける。
首元を両手で掴まりそうになる前に、右腕上げ、右肘を真下に降ろして、火猿さんの両手を切るように抜ける。
とにかく、手を掴ませない、手を捌いて捌いて捌きまくることに専念する。
火猿さんの横に体を躱して、撃つ。避ける。
背中と背中を合わせ移動するが、火猿さんも合わせて動く。
何しろ触れられたり、掴まれたりしたら、終わりである。
だから、その前の行動に終始するので、傍目から見たら互いに面前で、奇妙な踊りを踊っているように見える。まさに死のダンスだ。
同心的状に回りながら、離れて、…撃つ。撃つ。撃つ。
カチャ。
…弾が切れた。
嫌な汗が流れる。
自分の呼吸がえらく荒いことに気づいた。
まだ陽は落ちていない。
辺りは、静寂だ。まるで周りに人がいないようだ。
「search。」パターン赤100、青1。
変わらない。
けど、青の位置が直近に移動していた。
ファーちゃん、危ないよ。…近寄っては駄目だ。




