火猿(前編)
「その前に、僕が勝ったら何か良いことあるのかな?」
まずは、情報収集です。
知ること。そこから始まるのです。
眼を瞑り、耳を塞いだ状態では戦えない。
「なんじゃ知らんかったのか?これは裏から認められる為の試しの儀じゃよ。実力や性質が飛び抜けた者は刈っておかんと表の為にならんじゃろ。試しの儀で、あまりにも飛び抜け過ぎた者は刈ること能わずで、監視と枷を着けるじゃよ。つまり私等という存在の認知が枷となる。まあ大抵の者は刈られて終いじゃ。お嬢ちゃんは、表から最近飛び出てしまったのじゃよ。見られてたのは気づいておったじゃろ。すなわち警告じゃよ。」
ぬー、そうだったのか。
僕程度の実力で、そんな事になってるなんて…そんなんわかるかー!
「いやいや、そんな当たり前のこと聞きたいわけじゃなくて、あなたお強いでしょう。あーなんだか僕の100倍位強いとか聞こえてきまして、僕が勝ったら当然ご褒美があるのかしらと。それにドアーズとキームンを争わせる為に、ちょっかい掛けてきた人いるでしょう。誰ですかー?」
僕がギャラリーに向かって尋ねるも誰も答えず。
「ああ、そりゃ[蜘蛛]じゃな。今日は来ておらんぞ。奴らイベントには出てこんからなぁ。耳くらいは落としてるかもしれんがな。」
鼻をほじりながら、話すご老人。
え、まさかあの指で戦うの?なんかいや。
僕が見ていることに気づいたのか、指で影の人方向に飛ばして、ウエットティッシュでちゃんと指を拭いていた。
ちなみに影の人はスゥと避けていた。
「お嬢ちゃん、そろそろ始めるかいのぅ。」
ご老人は、構えもせず、自然体で真っ直ぐに来る。
驚かない。
僕は、考えるまでもない。やるべきことをやる。それだけだ。
「うむ、不動心は備えておるのぉー。良きかな。」
爆裂掌を老人の額に伸ばす。触る着火。…しない?
不発だ。
更に胸元に手を伸ばす。着火。…しない。
理由は不明ですが、このご老人には爆裂掌が通用しないことが分かりました。
振り返らずに、駆け抜けます。
「うむ、判断力も良し。ほっほっほ。」
駄目だ、火手では敵わない。
ならば…。
呼吸を細く長く紡ぐ。
「刮目して見よ!」
本日2回目だ。…僕は、やるべきことをやるだけ。
「バトルモード!」
気力が身体中を巡る…手足の指先から覚醒していく。
全身が起きる。
ご老人の鳩尾に正拳突きをぶち込む。マッハパンチだ。
「それは悪手じゃ。か弱いお年寄りをど突く悪い手はベシッじゃ。」
指先で止められた。
ご老人の指先一本で、僕の拳が止められてる。
さすがにギョッとした。顔には出さない。
「にししっ、心情を顔に出さないのは見事、見事。」
ご老人の指先で拳を弾かれる。
勢いを利用して、裏拳をご老人の右頬にぶち込む。
またも指1本立てて止められる。
「面白味が無いのう。退屈じゃ。」
指を掴む。折れ……ぐう……ない。
どうなってるの?バトルモードの握力は500を越すのに。
「今のはマッサージかいのう。」
正直心が折れそうです。
表と裏で、こんなにも地力に、差があるとは。
「あー、お主、その瞬間覚醒言語に頼りすぎじゃよ。地力を伸ばさんとあかんのう。今日から禁止じゃ。」
額を突かれる。
脳みそを揺さぶられる。ブレインショックだ。
足腰がガクガクに落ちそうになりながら耐える。
今、落ちたら立てそうにない。
「おおー、凄い根性じゃ。我が不肖の弟子の時は引っくり返って這いずり回っておったぞい…きししし。」
パチパチと手を叩くご老人。
こ、こうなれば、もうラビットモードしかない。
本日3回目。
「か…かっ……。」
言えない。言えなくなっているキーワードが。
喉を抑える。
きっとご老人は僕が慌ててると思っている。
だからそのまま続けろ。
思考を二つに割り、もう一人の僕は心の中で唱える。
橘流居合術[階]
超高速の水平抜刀術、気づいた時には首が飛んでます。
だが僕が放った匕首の刃は、ご老人の指で挟まれていた。
「うひー、お嬢ちゃん、今のはなかなかじゃのう。」
化け物か…。
匕首の刃が砕ける。
刃のカケラが、陽光の最後の一雫を受けて煌めく。
大丈夫…こんな理不尽は今まで何度も経験してきた。
舐めるなよ、ご老人、通算年齢ならばタメぐらいだ。
負けてられないね。
退がりながら、呪歌を紡ぐ、指先で魔法陣を描く、魔法を自動発動、数十の魔法陣を糧にして更に回す。
起動、起動、起動、起動、起動、起動…。
指先を伸ばし、弾く。
「bullet!」魔法の弾が飛んでいく。
指先をクルクルと回すとガトリングガンのように火花を散らして次々と発射していく。
さすがにご老人もびっくりしたらしい。
手甲で防いで弾いている。
まだまだですよ。
今度はこちらの番です。