叱咤
私は、今、テンペスト様と一緒に面談をしています。
面談者は、ヘイロンの営業本部長のホンチャと名乗る者です。
この者の口から出る言葉は、相手の言質を取って絡み付いて噛みつくことを目的とした威嚇音であり、会話にはならないことが、分かりました。
きっと今まで、この言葉の様な人生を送って来たのでしょう。だとしたら底が知れて興味が失せます。
なんて薄っぺらな芸の無い言い回し。美しさも叡智も何も感じない。なんて言うのかしら…ああ、チンピラとか三下とかですか。
チラリと横のテンペスト様を見る。
うん、うんと頷いている。
話しを聴いてるようだ。
流石です。こんな人間の屑のようなモノから出る騒音を、真面目に聴いています。
これが、私とテンペスト様の違いだと思う。
なんと言うか…懐が深いと言うか、底が知れないです。
でも、それは私が、まだ未熟だから。
私より高みにある次元のテンペスト様を理解出来ないからと思っています。
そして、何故か会話が成り立っている…不思議だ。
もう既に、目の前のチンピラはテンペスト様の優しさを勘違いし、態度を砕けさせ、だらしなく足を組んでいる。
奴は、テンペスト様を舐めているのだ。
そして、こんなチンピラを寄越したヘイロンも私達を舐め腐っている。
ふと、…不安になる。
それはまるで分別の無い子供が、神社で神域を穢す行いを見てるような不安感です。
止めなければ…こいつの失礼な行いを。
おお、神よ、こいつは、あまりにも精神が幼くて、自分が何をしているか分からないのです。
不安に慄く私の名は、ファーストフラッシュ・アールグレイ・ダージリン。東方ギルドの新入社員で、今はテンペスト様の相方を務めさせていただいてます。
テンペスト様と奴との面談中
ツバを床に吐くドチンピラを見た。
少し…悲しいです。
この部屋は、ギルド長と交渉して勝ち取ったテンペスト様専用の部屋です。当然、私が朝早く来て掃除して、磨き上げました。
テンペスト様に快く仕事をしてもらうためだ。
その床に…チンピラのツバを吐いてるのを目前で見ました。
その途端…突然鳥肌が立つのを感じました。
思わず周りを見渡す…何も変わっていない。…おかしい。
緊張感が半端無いのです。
総毛立つ。
横を見ると、テンペスト様が立ち上がっていました。
その表情は、薄笑い。
私は、それを見て、胃の腑に鉛を飲み込んだような気がしました。
こ、これは、生命の危機を知らせるアラートであると、気がつきました。
もし怒れる獅子の前に無防備でいたとしたら、同じ気持ちになるのでしょう。
あまりにも静かなのに、胃の腑が捻れ切れるように辛い。
おい、ドチンピラ逃げなさい。
思わずチンピラの方に目を向けた。
そこには平和ボケした阿保ヅラがそこにあった。
お前は何も感じないのか?…信じられない。
隣のテンペスト様を見上げる。
もしかして…私の為に怒ってるの?
テンペスト様をジッと視る。
いえ…違う…怒りのような憤り…悲しみに近い…愛おしいものを踏み躙られた大きな悲しみが垣間見えた気がした。
私の為ですか。
顔が火照る…この周りに緊張感を強いる憤りは私の為なんですね。
ジワリと身体の内から嬉しさが込み上げてくる。
ああ…嬉しい。
ああ、テンペスト様が、チンピラを掴み上げて両頬を往復ビンタしている。
あまりのスナップ力に、チンピラの頭がボールのように左右にしなって行き来している。
最初、何しやがるとか、こんな事してタダで済むと思ってるのかと騒いでいたチンピラでしたが、今では泣いて謝っていました。
それでも、テンペスト様の往復ビンタは止まりません。
室内に頬を張るバンッバンッという音と、大の大人が泣き啜る声が響いています。
大丈夫…多分大丈夫…テンペスト様は手加減している…多分。
チンピラを張ってる間、テンペスト様は終始無言でした。
両頬を腫らしたチンピラは床にうずくまり、泣いている。
どうやら生きているようだ。
獅子にちょっかい掛けて生きてるなんて、ラッキーなチンピラです。どうやら、彼はここで一生分の幸運を使い切ったのでは、ないのでしょうか。
テンペスト様は、崩れ落ちるチンピラに目をくれず、私にヘイロンの本部場所を聞いてきました。
その際に、私の耳元で囁きました。私にしか聞こえないささやか声です。
「……。」
そう、この時、テンペスト様からの密命を受けちゃいました。
合点承知の助です。
これは、私の事を信頼してくれている証ですよね。
ふん、ふん、分かりました。了解です。
任せてください。
これ私の初任務ですね。
テンペスト様は、その後、愚図るチンピラの足首を掴んで引きずって行かれました。
廊下からは、チンピラの、誰か助けてくれーと言う声が、だんだんと小さくなって聞こえてきました。
さあ、私の初任務開始です。