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アールグレイの日常  作者: さくら
東方見聞録
90/615

終わりの始まり

 あわわわわ…。

 ど、どうしよう。やり過ぎたかも。


 ヘイロンの営業本部長と名乗る男の、あまりの失礼な態度に頭に来て、…ヘイロン本社屋を潰してしまいました。


 僕は元々仲裁に来たのです。

 でも、逆にヘイロンに喧嘩を売ってしまった。

 だって、奴の頬に往復張り手を繰り返しただけで、脅したり、泣いて赦しを請うたり、騒ぐ方が悪いと思う。

 男の癖に、見苦しい。

 男女平等?

 そんな概念は、この世界にはありません。

 甘えるな。


 ん…そうだね…でも少しは、やり過ぎたかも知れない。

 でも…まあ、この世界では、許容範囲かな。


 この世界には、権利という概念は、ほぼ無い。死滅した。


 文明崩壊後、生きるか死ぬかという事態に、権利なぞという他者に阿る甘い概念は、自然淘汰されてしまった。

 もし、トラブルが発生したら、自分で解決しなければならない。自分のトラブルは、自分で解決する。至極当たり前の理屈がまかり通る。

 よって、個々間の実力行使が基本なのです。


 だから、都市政府も対人トラブルには介入しない。


 相対済まし令が発布され、騒乱でも無いと騎士団も出動しない。ギルドもグリーンやブラックが巡回依頼を受けて見回っているが、個々の殴り合いぐらいならば、見て見ぬふりだ。


 自分で蒔いた始末は、自分で付けるべき。

 降ってきた火の粉は、自分で払うべき。

 やられたら、やり返す、100倍返しだ。

 これは、自衛の意味も持つ。


 殺伐とした社会だと思うだろうか?

 弱肉強食の野蛮な世界だと思うだろうか?

 僕は、そうは思わない。

 直ぐに他人に責を求める病んだ社会より、100倍ましだど僕は思う。


 大人ならば、自分の足で立って歩け。

 自分の足で立てぬ赤ん坊なら仕方ないけど。


 いつまでも僕達は、何もできない子供のままではいられない。そうでしょう?

 他者に責を求め、自らは口ばかりで何も解決しようとしない大人にはなりたくない。

 そんな迷惑な奴らは、殴って気づかせてやるのが親切。

 でなければ、自然淘汰されてしまう。

 僕って、何と優しいことか。


 とにかく、ファーちゃんの様な子供の模範となるべく、僕らは、地に足を着けた、しっかりとした大人にならなければならない。


 それはそれとして、火消しに来たのに、火を点けた感があるので、キームン公爵の娘のランちゃんに赦しを請う伝言を執事さんにお願いする。

 さすがに僕も、キームン家とは戦いたくはない。だってランちゃんとは仲良くしたいもの。

 ここは、誠意を込めて、重ねて詫びを入れておこう。





 東方ギルドは、新生東方ギルドと言うべく、ここ数日で急速に変わっていった。


 食堂が、まず変わり、いまでは、ギルド施設のアチコチで、内装、改築が行われ始めている。

 人員も、大量のリストラが行われているとかで、僕が派遣されたのと同時期に、西ギルドに短期研修に行っていた選抜されたギルド職員が戻ってきた影響か、受付の様子が一変していた。

 なにより、エントランスが明るくなっている。

 物理的、心理的の両面で。


 壁は全面白色に塗装され、一変している。

 来客者に分かりやすいように、足元に案内の矢印が塗装されている。

 採光と反射に工夫を、凝らして全体的に明るい。

 毎朝、幹部含め全員で清掃しているという。


 受付には、若手の幹部候補生を多数採用、来客者には、必ず声を掛けている。

 職員には、全員名札を付けさせている。

 責任の所在を明らかにし、役割には必ず責任者、指揮官、監督官を置く。

 個々の対応では無く、組織で動いている…組織ならば、当たり前の事が為されている。


 東方ギルドが急速に変化していく。


 組織のトップが変わる事で、ここまで組織は変われる。

 まるで、病気で倒れていた老人が、病原を棄て去り、自らの足で立ち上がって、若返っていくのを見ているかのよう…。






 僕は、東方ギルドに戻ってきた。

 ファーちゃんには、別件のお仕事を頼んだので、今はいない。


 狸さん、いや、もはや狸から人間に昇格したかも知れないギルド長の元に赴く。

 僕が以前、ファーちゃんの案内で入った部屋だ。


 ノックをすると中から、どうぞと言う声が聞こえてきた。

 失礼します。と言って入ると、狸と狐が仲良く鎮座していた。

 広い赤絨毯を引いた室内を、銀線の職員が急がしそうに仕事している。


 奥の方から、狐さんが僕を呼びかける声がする。

 「これは、これはテンペスト様、ようこそお越しくださいました。おい、テンペスト様にお茶をお出しせんか。気がきかんぞ。」

 狐さん自ら、奥の席から立ち上がって、部屋の中央に設置されているソファへと案内してしてくれた。


 何だろう?前回とは180度違う態度だ。

 これだけ逆の態度を取れる人は、中々いないぞ。


 「テンペスト様、こちらは私の実家が営んでいる和菓子屋の新商品、レインボーどら焼きでございます。」

 狐さんが、お茶菓子を出してくれた。

 いや、僕、お菓子を食べに来たわけでは…。


 「どーぞ、どーぞ。」と狐さんが勧めてくる。

 「私も、試食しましたが、とっても美味しゅうございましたました。テンペスト様にも、是非試食していただきたく持参して来た次第でございます。」

 狐さんが、ニコニコしながら、再三再四勧めてくる。


 ん…美味しいお菓子なの?

 チラリとお菓子を見る。

 レインボー?…コレは食べたことがない。


 もしかしたら、これは賄賂ではなく、狐さんからの詫びの品なのかもしれない。

 狐さんの後ろには、キームン公爵家のランちゃんがいる。

 僕が断れば、差し支えが出るかもしれない。

 なにより、心を入れ替えたかもしれない狐さんが困るだろう。

 良く見ると、狐さんはニコニコしながらも、冷や汗をかいている。

 …しばし、逡巡したけど、決めました。


 更生しようとする人を、苦しめるのは本意ではない。

 甘いと思うかもしれないけど、二度目は無いから…もし同じ過ちを繰り返せば、今度こそ淘汰してしまうより仕方が無い。でも、それは、もしかしたらの先の話し。

 今は、僕の責任において、狐さんを信じよう。

 決して、美味しいお菓子に釣られた訳ではないからね。


 …そーお、わるいね。

 一口いただいて、お茶を啜る…むむ、これは。

 狐さんが、心配そうに僕を見ている。


 これは…なかなかのハイクオリティだ。

 どら焼きの甘味と緑茶の渋味が相まって口の中でハーモニーを奏でる。う、美味い。思わず笑顔が漏れてしまう。


 狐さん、グットです。


 狐さんも、僕の気持ちを察したのか、顔色が晴れやかに変わった。

 うむ。パクリと食べる。美味し。

 狐さんとは、諍いもあったけど、これで仲直りしても良い。

 お菓子くれる人は、皆良い人。

 お互いに、ニンマリと笑いあった。仲直り。



 「ゴホン。」

 いつのまにか狸さんが、脇に来ていた。

「あー、テンペスト殿、依頼の件についてですが…。」

 

 あー、そうね。それね。キームンから苦情が来たかな?僕もそれが気になって来たのだよ。


 「キームン家から、テンペスト殿に依頼したのをギルドに連絡するのを忘れてたと連絡が来まして。依頼内容は、「我を軽視したヘイロンの消滅」だそうですが、お心当たりはございますか?」

 思わず目が泳ぎそうになる。


 「あー、そうね。それね。キームンから依頼が来たかな。僕もギルドに連絡したのか、それが気になって来たのだよ。」

 「そうでございましたか。それでご依頼は受領されたのですか?」

 「あー、そうね。依頼完了しちゃたかな。あははっ。」


 僕の言葉に、狸さんの顔色が変わり、周囲は騒然となった。

 「なんと依頼したのは今日と伺っておる。まさか今日の今日で、あのヘイロンを潰すとは?!」

 狸さん驚く。


 狐さんは、知っていたのかな…狸さんをチラリと見て優越感ありありの顔をしている。


 そして狸さんは、なんと…なんと…と呟きながら、室内をうろつき始めた。


 その間、僕は、どら焼きの2個目に取り掛かる。

 パクリ…美味し。3個目…狐さんを見る。

 狐さんはニコニコしながら、どーぞどーぞとジェスチャーしてくれている。

 うむ。パクリ…美味し。



 そして狸さんは、考えがまとまったのか、ピタッと立ち止まり、僕に向かって話し始めた。

 「実は、テンペスト殿、わしの所に、キームン家のラン殿下から、仲良く第7区の発展の為に協力して行こうではないかと会食に誘われています。トラブルの原因であったヘイロンも、キームン家の依頼により壊滅している。…これを以てテンペスト殿への依頼を完了としたい。今までありがとう。テンペスト殿。依頼完了報告は、こちらの事務局で作成し西ギルドに送っておく。テンペスト殿だけが知り得る報告内容はダージリン君に口頭で構わないから話しておいてくれ。今日付けで依頼は完了、午後は帰隊準備に当ててください。大変お疲れ様でした。」



 予想外の展開に、口にどら焼きを頬張りながら、狸さんを見る。


 え?…え…終わり?ですか。


 つまり、クビ。ガーン。

 急展開に、頭が追いつかない。えー、これからファーちゃんやランちゃんと仲良くなるなるはずだったのに…。

 特にランちゃんには、僕ヘイロン潰しちゃったのに、ギルドに僕のフォローしてくれた。…まだ何の御礼もしてない。


 「ドアーズよ、まだ良いだろう。」

 狐さんが狸に話し掛ける。


 「いや、キームン、テンペスト殿は高いのだ。今回は当ギルドからの持ち出し依頼だ。経費削減の為、解決したならば、直ぐに打ち切らねば。今の状態は一日中お湯を出しっぱなしで、照明つけっぱなし、暖房入れっぱなしの状態に他ならない。非常にもったいないのだ。」

 「お主、相変わらずみみっちいのう。伯爵になっても、学生の時と変わってないではないか。出す所には出さないと、それが投資というものだ。我が家から予算を出してもかまわんぞ。」

 「公私の別をつけろ。キームン。わしはお前の、金さえだせばなんとでもなるような考え方は生理的にあわん。鼻につくわい。人も組織も、ある一定の枠を設けるからこそ、基準ができて発展していくのだ。」

 「はーーーっ、渋い、渋いぞ。ドアーズ。なにごとも施策には最低限、予算と人が必要だ。無用な施策を中止せず、人も予算もないのに新しい施策を増やすなぞ馬鹿のすることだ。飯も食わさず、夜も寝さずに働けと言っているのと同じだ。お前は阿呆なのか。」

 「ぐあ、糞キームンめ、そこまで言うか。わしはただ無駄使いはできんと言っているだけだ。削った予算は新しい施策に回す。適正に運用してるだけだ。お前のように予算ガバガバ使っておったら、いくらあっても足りんわい。」

 「ふーー、どうやら糞ドアーズは、人間を機械と勘違いしてるらしい。機械にも潤滑油が必要、ましてや人間様なら尚更よ。ゆとりや余裕を持たないと事故の元よ。」


 あー、待って、待って。いきなり口喧嘩を始め出した狸さんと狐さんを止める。

 どうやら狐さんは、キームン氏族で、狸さんとは学生時代からの知り合いだったらしい。



 …どうやら本当に今日で依頼は、完了のようだ。


 僕は、椀の中のお茶を飲み干すと、立ち上がり、お二方に深々と頭を下げた。

 お世話になりました。


 お二人とも僕に「本当にありがとうございました。」と返礼を返す。礼が深くて長い。

 僕のような小娘に、なんて丁寧な御礼。

 しかも、揃っている…もしかして、本当は仲が良い?


 実るほど頭を垂れる稲穂かな。

 俳句を思い出す。


 僕は、再度、御礼をして部屋を出ようとしたら、狐さんが待ったを掛けて、急いでお菓子箱を紙袋に入れて持って、手渡してきた。ニコニコと。

 うーん、狐さん、最初と全然印象が違うよ。

 人間って変われるのだなぁ。

 ちょっと、ビックリです。




 さあ、あとは最後の仕事が残っている。

 禍根を断つのだ。

 アールグレイ商会(自営)は、アフターサービスも万全なのですよ。




 

 

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