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アールグレイの日常  作者: さくら
東方見聞録
89/615

冬は夜空

 甥のホンチャが[暴風]と言う名の滅亡を連れてやってきた。

 ヘイロンの社長室にやってきた黒髪の少女は、告げた。

 「ヘイロンは今日で終わりです。避難して下さい。」


 わしの名はヘイチャ。

 キームン家に仕える5000年の歴史あるヘイロンの社長だ。


 少女は、ギルドのレッドの制服に身を包み、歌いながらやってきた。その姿は、まるで[世界の滅亡を告げる漆黒の乙女]のようだ。

 その左手には、ホンチャの左足首が掴まれていた。


 ここまで、引きずられていたであろうボロボロになったホンチャが声を上げる。

 「叔父さん、助けてくれ、…こいつをやってくれよ!ははははっ、テンペスト、お前はもう終わりだ、俺はヘイロンの高級幹部だぞ。ヘイロンに逆らってタダで済むと思っているのか?」

 ホンチャの声が室内に虚しく響く。


 この少女がテンペストなのだと、わしは直ぐに気がついた。

 テンペストとの交渉にホンチャを、わしの代理として送り出していた。

 コイツが「俺に任せてくれ。」と大見得をきってきたので、わしも歳だから、大仕事を任せてやろうと思ってしまった。

 こいつにしてみればテンペストが美少女であると聞きつけてスケベ心と、功名心でやってきたに違いないが。

 わしには息子がいない。ホンチャは、亡きわしの妹の忘形見だ。わしの跡目を継いでくれればという思いもあった。


 だが、今日のわしの決断は、致命的な失敗であった。

 正面から[暴風]を見て分かった。

 …こいつは本物だ。


 交渉だ。

 わしは騒いでいる甥の発言を無視して、[暴風]に、何度も、何度も、交渉を試みた。

 意地汚く足掻いてみた。


 だが、交渉すればするほど、まるで空気を掻くような焦燥感が胸をかきむしる。

 [暴風]の顔色は変わらない。


 わしは、既にヘイロンが滅亡するのは、自然現象のように当たり前のことなんだと、やっと分かった。 


 …ヘイロンは、遅かれ早かれ滅亡する運命であった。


 この少女は、わしらが滅亡に巻き込まれないようにと心配して、来てくれたことが、会話の端々の言葉から気がつくことが出来た。

 この少女は、まるで物分かりの無い子供に何度も言い聞かせるように、わしに、「危ないから、この場所から逃げなさい。」と、教えてくれたのだ。


 ホンチャの態度を怒っているのではないのか?


 だが、少女の優しげな顔を見て、そうでは無いことが分かった。何だろうか、まるで幼子を心配するような表情をしているような…突如、悲しみが、わしの胸から湧き上がった。

 ああ、わしは、失敗してしまったのだな。


    ヘイロンは今日で終わり


と言う事実が、腑に落ちた。


 ああ、そうか、終わりなんだ…。


 わしの代で、ヘイロン5000年の歴史に終止符を打たしてしまう。焦燥と愕然と落胆がない混ぜとなり、少女に…テンペスト殿に、避難するまで待って欲しい旨の返答した。


 テンペスト殿は、頷くと

「でも、急いだ方がいい。もうあまり時間がない。急いで逃げて。」と告げると、甥を置いて、階段を上にゆっくりと、登っていった。

 それは、まるで災厄を、なるべく遅くするために、しているような気がした。

 わしは、甥に急いで逃げろとドヤしつけ、社内放送で「緊急避難訓練を実施する。5分以内の至急の退去を。」業務命令で一斉に流した。



 社員全員が、逃げ出した頃、遠間の公園から、わしらの10階建のビルが真下に綺麗に崩壊し、崩れ落ちる姿を見た。

 事前に滅亡を告げてくれたお陰で、死者はゼロだった。


 …生きていさえすれば、何とかなる。

 そう思った。


 また一からやり直しだ。



 上を向いたら、無窮の青空が広がっていた。










 [キームン公爵邸]


 東方ギルドのアールグレイ・ダージリンから映像記録が送られて来た。

 ヘイロンの営業本部長と名乗る者がテンペスト様と会話した記録です。目をお通し下さい。

 と添え書きがしたためてあった。

 

 ダージリンの言いなりになるのは、業腹だが無視するのも何やら不利益を被りそうだ。何よりアールちゃんの名前があるのが気になる。

 ちなみに私は、テンペスト殿の事を、心の中ではアールちゃんと、なるべく呼ぶようにしている。

 これはアールちゃんと面談した日から発足した[テンペスト友達計画]の一環だ。

 面談した結果、あの者との敵対は非常に不味いと感じ、キームン家滅亡級の災禍を免れる為に私が発足させた計画だ。

 既に父上にも承認を取っていて、予算と人員を決め、事務局も設置した。

 その目的は[暴風]と仲良くなること。

 本物の自然現象たる暴風は避けようがないが、災禍も人の形を取っていれば意思の疎通も可能であるし、仲良くなれば災禍も免れることが可能だからだ。


 ここらへんで自己紹介をしておこう。

 私の名は、ラン・キームン。都市王家の末裔にして、トビラ都市五公の一角、キームン公爵の後継者だ。


 執事に命じ、大画面に映像記録を映し出して見た。


 なんだ…これは?!


 映し出されていたのは、ヘイロンの営業本部長ホンチャだ。

 こいつは多少の出世に調子に乗り、私に対しても慇懃無礼な態度を取ってくる。内心では軽視しているのが見え見えの態度だ。ヘイロン社長のヘイチャの甥で、ヘイチャのお気に入りで自分のことを有能だと勘違いしている阿呆だ。

 ヘイチャ自身はキームンに忠誠を誓っているが、こいつは何を勘違いしたのか、キームンをヘイロンの上客程度にしか思っていない節がある。まるで対等のような口振りすら漏らす。

 ヘイロンがキームン傘下に組み込まれて早数千年。ヘイロンの名こそ残っているが、もはやヘイロンはキームン家の所有する一機関に過ぎないと言うのに。


 映像では、そのホンチャが、私のみならずアールちゃんに対しても、絶句する態度を取っていたことが分かった。


 映像を凝視する。

 …自分の身体が震えていることに気がついた。

 わざわざ映像記録を送りつけてきた小賢しいダージリンの小娘にも腹が立つが、この馬鹿者には空いた口が塞がらない。


 馬鹿だ馬鹿だと思ってはいたが、ここまで馬鹿だったのか。

 はたまた、こいつは自殺志願者なのか。

 私とキームンを己れの自殺に巻き込むつもりなのか。


 こいつは羆の前で、裸踊りする阿呆だ。

 まるで、危機感の無い子供だ。


 あまりの出来事に気分が悪くなり、椅子に座り込む

 ああ、早めにホンチャを処分するべきであったか…。


 ハッとなる。

 「この後は、どうなった?ホンチャは…。」

 これで、無事に済むとは到底思えない。


 ここで、執事から声を掛けられた。

 「ヘイチャから、ヘイロンを自主解散させたと報告が入りました。社屋は暴風と地震に見舞われ壊滅したとのことです。」


 頭を抱えた。

 「…ホンチャは死んだのか?」

 側に控えていた執事に聞く。

 「いえ、まだ生きております。死者はおりません。」

 「…そうか。」

 思えば、ホンチャの態度は、私に対しても内心で軽視しているのが透けて見えていた。

 この件が無くとも、そろそろ始末すべき時だった。


 驕るものは久しからずや。

 ホンチャ、お前の我に対する目に余る態度の数々。

 キームンを軽視して、タダで済むと思ったのか。


 ヘイロンの社長は、私の顔色を察して、事が起こる前に詫びを入れていたが。

 執事に指示を出す。

 「ヘイロンの頭は、使い道がある。保留だ。リュウロン預かりとせよ。…ホンチャは始末せよ。」

 まったく胸糞が悪い。

 ホンチャ…馬鹿者め。…ヘイチャが悲しむだろう。



 「そのことですが、テンペスト様より、助けて欲しいと嘆願が来ています。」

 なんだと!執事の声に、思わず伏した顔を上げ、執事を凝視する。

 「おい、今何て言った?」

 「テンペスト様より、重ねてお願いする。赦してやって欲しい。と伝言があります。

 ばかな!

 赦すとは何事か。


 私の頭の中で、メリット、デメリットが素早く錯綜する。

 どう考えても、奴は処分するべきだ。

 何度も計算しても、答えは変わらなかった。

 いったいどう言うことか、テンペスト殿の考えが分からない。

 だが、テンペスト殿の頼みを退ければ、キームンとテンペスト殿との間に修復不能な亀裂が入るだろう。

 この一点のみにおいて、奴を助けなければならない。


 今は、テンペスト殿との仲が最重要課題。他は些末な問題だ。

 …そうか、助けて良いのだな。 

 何やら先程迄の胸のつかえが、なくなったかのようだ。


 …そうか。


 「はっ…ふふふ、わははははははっ。」

 突然、笑いだした私に執事が目を丸くしている。


 「良い!赦す。」

 ふふふっ

 「そうだな…奴には半年間、街のトイレ掃除でもさしておけ。」

 愉快な気分だ。

 どうやら存外私は、テンペスト殿に気にいれられてるのかも知れない。


 テンペスト殿を思う。

 テンペスト殿の決断は、奴を救い、私をも救った。

 思慮は底知れず、度量は測れきれず、器量は限りなし。


 決断の自由あるを、私は今日気がついた。


 まったく大空を飛びゆく鳥のような自由さを持つ意志だ。

 だが、テンペスト殿、お主には負けぬわ。

 私も大空を舞う大鵬のような決断力を持つと約束しよう。

 お主と、対等な友達になる為に。

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