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アールグレイの日常  作者: さくら
東方見聞録
87/615

カツカレーと僕

 僕とファーちゃんは、お昼ご飯を食べる為、急いて食堂に向かった。

 ファーちゃんによると、ギルドの食堂だけは、まともに機能しているとのこと。新ギルド長が真っ先に改革の先鞭をつけたのが食堂らしい。

 調理師が総入れ替え、食堂内改装、予算増額、食材仕入れ先の変更、メニューの刷新などが、僅か数日で行われたという。

 刷新されたメニューの中でも、カツカレーは絶品らしい。


 その話しを、朝、ファーちゃんから聞いてから、気がきでなかった。

 ファニングスさんとの会話中でも、匂いが食堂から流れてきて、実は全然聞いてませんでした。

 でも、実のあることは言ってませんでした。多分。

 そのうち、子分の人達が多数乱入してきてクラッカー鳴らしたり、ビデオ撮影して、ふざけだしたので、雷魔法で強制シャットダウンしました。自業自得ですよね?


 食堂に、駆け込む。

 既に食堂内にはお客さんは誰もいない。

 厨房内を見る、職員さんは皆、片付けに入っていて、受付には誰もいないよ。間に合わなかった?

 食堂内に掛けてある壁時計を見ると、午後1時25分過ぎ。

 受付終了は半だから、時間的にはまだセーフだけど、食材が無くなれば、終わってしまうのは良くある話しで。

 もう一度厨房内を振り向くと、鍋を片付けているお姉さんと眼が合った。

 「いらっしゃい。カツカレーしかもうないけど、それでも良いかい?」大きな声で聞いてくる。


 いいよ、いいよ。それが食べたかったのです。


 「はい、おまたせ、カツカレーは、これで終わりだから、サービスでカツもカレーも大盛りね。カツは揚げたてで熱いから気をつけてね。」

 お姉さんが、席まで持って来てくれた。

 雰囲気から察するにファーちゃんとお姉さんは仲良しらしい。

 お姉さん、ありがとう。


 目前のカツカレーを見る。


 …凄い。揚げたての、カツの油がジュウジュウとはぜてる。

 カレーから匂い立つスパイスの香りが芳醇過ぎて脳まで来るようだ。

 

 いただきます。


 一口頬張る。


 おお …言葉にならない。

 だが、敢えて言おう。カツカレー美味しと。

 しばし、ジーンと感動にうち震える。


 揚げたてカツが香ばしくサクサクと切れる。

 カレーの旨味が口内に広がる。


 ふぁ、胃袋から口まで幸せになる美味しさ。

 それがカツカレー。


 作ってくれたお姉さん、ありがとう。 

 カレーを発明してくれた人ありがとう。

 豚さん、美味しくてありがとう。

 ルウを作ってくれた会社の方達に感謝を。

 玉葱、馬鈴薯、人参を育ててくれた農家の方達、豚さんを育ててくれた畜産業の方達、配送してくれた運送業、販売してくれてるスーパーの方々。

 みんな、みんなありがとう。


 噛み締めながら、カツカレーが完成する為の全ての行程を、野菜が育てられてる所から、豚さんが生まれた所から頭の中に思い描く。

 遥かなる旅路の果てに、僕のお口の中へ。


 …美味し。

 思わず目を瞑る。


 最後に黒山羊様に、感謝の祈りを捧げる。

 この愛おしい世界を壊さないでくれてありがとう。




 は〜。ごちそうさまでした。

 

 僕、朝、食べてないから、尚更美味しく感じました。

 だけど表情には出しません。


 だって学生の頃に、一緒に食べた同期から、

 「あんたって本当に美味しそうに食べるのねぇ。でも後輩には見せない方がいいわよ。幼くて可愛く見えちゃうから舐められちゃうわ。その顔は私の前だけにしなさい。」

 と、忠告を受けたからだ。


 でも、ファーちゃんと一緒に食べるカツカレーは美味しいので、ホッコリ来てしまう。

 顔には出さないように気をつけてるけど。

 お茶を飲んで暖まる。


 ファーちゃんから、放置したファニングスさん達を心配する言葉を聞く。

 ファーちゃん、マジ天使。

 あんな、僕の食事の邪魔をする輩を心配するなんて、なんて優しい子なんだろう。


 それにしてもファニングスさん、僕が、お腹が空いて、もうクラクラなのに、大根演技してさ。

 いったいどういう意図があったのか。分からない。

 嫌がらせか?


 遅刻はするわで最低、宮本武蔵なみに社会人失格です。

 礼節を知らない輩は、まともに相手する必要はなし。


 それでも、お詫びの言葉や、止むに止まれぬ理由があったのか、僕が納得できる理由が聞けるものと一応は期待して、お昼ご飯の時間を削り、応対したのにあの始末。

 許さん。


 今世では、我慢はしない。そう決めている。

 僕本位で動くのだ。


 だって、我慢している人達が犠牲になって成り立っている世界なんて間違っている。

 その場合、僕が間違ってるのではなくて、世界が間違っているんだ。



 お昼ご飯を食べ終えて、満足した僕らは、元の会議場に戻って来た。

 倒れ伏しているファニングスさん達を発見。

 うむ、…まるで屍のようだ。


 「いったい誰が、このような酷いことを!」と脳内でボケてみる。

 すかさず脳内で「僕じゃん。」とツッコミを入れる。

 やはりボケとツッコミは基本だよね。

 口には出さないけどさ。


 …このまま放置しても邪魔なので、介抱する。

 食後の僕は、心が広いのだ。…広いのだよ。

 カツカレーに感謝するがよい。


 一人一人、起こして、異常がないかチェックする。

 脈、瞳孔、顔色、痛覚、心音、体温等を、身体をペタペタと触り、確認する。

 白家神道の「白掌」で指先から僕の気を入れて身体を温める。異常を感知したら、快癒していく。

 むむ、この方、主に肝臓と血管に異常あり、治す。

 便利だ。学生時代に習っといて良かった。


 最後、ファニングスさんの上半身を壁に立て掛ける。

 指先を両手で包む。冷えている…温かな気を入れていく。

 ファニングスさんの身体は、アチコチ故障していることが分かった。歪んで滞っている。

 今まで身体を酷使してきたのだろう。

 だがこれは、ファニングスさんの意志に身体が応えた成果だ。ガムシャラに意志を貫き通した足跡だ。

 ほんの少しだけ、親近感が湧く。


 遅刻と大根役者ぶりはいただけないけど。


 気を通す、身体の隅々まで、快癒、破壊、再生、を繰り返す。細胞レベルでの再構成、余計なモノを洗い流す、いわば身体のクリーニングだ。

 細部に集中する。


 … …


 いつの間にか、汗ばんでいた、喉の渇きを覚えた頃、ファニングスさんが目を覚まして、僕をジッと見つめてることに、気がついた。


 お互いの目が合う。

 お!何ですか?またヤル気ですか?

 ファニングスさんの手を置いて、構える。


 「もしかして、…俺は負けたのか?」

 僕は、無言で頷いた。


 「そうか。……俺の負けだ。よし、俺も男だ。嫁さんの尻に敷かれるのも悪くない。何でもいうことを聞こうじゃないか。」

 なぜかドヤ顔で言い放つ。


 嫁さんの尻に敷かれることと、僕の言う事を効くのと、どう関係があるのか、分からない。

 確かファニングスさん、独身だよね。

 もしかして恋人がいて、その子がヘイロンの親分の娘さんで、和平を望んでいるとか…なるほど。

 まあファニングスさんは、もう良い歳だし、中身はともかく外見は結構格好良い。ワイルド系が好きな人には高得点間違いなしの魅力的な物件だと…思う。きっと恋人の2、3人は居ると思う。まあ僕の趣味ではないけど。


 なるほど…なるほど、と頷いていると、ファニングスさんが僕の手を取ってきた。

 「だからな、だから…。」


 だから…?

 座ったまま、小首を傾げる。


 「うっ!あーもう……辛抱たまらんーー!」

 ファニングスさんが、突然叫びだすと、抱きしめようとして来た。

 これは、ベアハッグか、さば折りか?

 遠距離では負けたから、近距離の力技で来るか!

 甘い、甘いですよ。


 お互い中腰だったので、僕は咄嗟に膝を広げ、掴まれた手を両膝との三角形の頂点の位置にずらし、両手でファニングスさんの右手を、下方に引いた。

 「おわっ。」

 声をもらして、床に着こうと伸ばした右手を、後方に半回転させて、天を指すように伸ばしてやる。

 同時に左足を伸ばして体を前方へ移動、ファニングスさんの右側の位置へ。同時に右手でファニングスさんの右肩を掴み引きながら下方へ。

 うつ伏せに倒れたファニングスさんの右肩の肩甲骨の位置に右膝を乗せ、体重をかける。

 「痛たた…痛い。」

 「降参ですか?」

 「………。」

 決めた右手をコンパスの先のように回してあげる。

 「ぎゃー、痛たたた、降参、降参だから止めてくれ…。」


 ふんっ、口ほどにもない。




 ファニングスさんの子分は、全員帰ってもらった。

 「礼儀のなってない人は嫌いです。」と厳しく言ったら、全員大変恐縮して、頭を何回も下げて帰って行った。

 改めて、ファニングス・ドアーズ氏の聴聞を開始する。

 だが僕の昼ご飯前の、ふざけた態度から雰囲気は査問会に近い。ちなみにファニングス氏は昼飯抜きだ。


 「あー、だからよー、俺っち達は、依頼をこなしただけだぜ。真っ当に営業して、双方合意の末に契約したんだ。当然、仕事はするだろ。評判良くてよ。どんどん注文が来てよー、そのうち、ヘイロン傘下の組も、こちらに来てよー、まあ来る者は拒まず、去る者は追わずってか。だけどよー、奴ら汚ねえ真似しやがって、工事を妨害して来たり、嫌がらせしてきたり、やり方が漢じゃねえよ。ヘイロンの娘を名乗る女がウチの事務所にきてよ。勝負って言うから正々堂々と勝ったら、毎日来るようになって、やっぱり敵対する組の女が出入りしたらあぶねーじゃないか。うちは男ばっかりだし、選ばずでいろんな奴が出入りするからよー。だから二度と来るなとキツく言って、追い返したら、何故かヘイロンの奴らの当たりが厳しくなってよー。俺が悪かったのか。全く心当たりがないんだが。それからよー……。」

 ファニングスさんの話は、延々1時間以上に及んだ。

 ほぼ同じ内容を堂々巡りだ。

 しかも要領を得ない。

 チラチラとコチラの顔を見てくる。

 しかも、話しが脱線してくる。

 僕の好きな食べ物とか、休日はいつだとか、どうでもいいよ。まったく。

 僕の中では、ファニングスさんの株はダダ下がりだ。

 しかも、まだ話しを伸ばそうとしている節がある。

 もうすぐ午後4時になるぞ。


 ……


 夕食は何を食べたい?とか聞いてくる段階で、話しを打ち切った。

 いや、だから何で、そんな絶望的な顔をするんですか?ファニングスさん。

 後日の協力を依頼すると、ファニングスさんは「絶対連絡してくれ。絶対だぞ。」と何度も言って、振り返り、振り返り去って行った。


 …僕、何だか取っても疲れた。

 定時には、少し早いけど僕は半自営業なので関係ない。

 ファーちゃんには悪いけど、今日は終了することにした。


 買い物して自宅に帰ると、ペンペン様が郵送で注文した冷凍ウナギを湯煎で解凍していた。

 身振りで、僕も食べてよいと言っている。

 ありがとう、ペンペン様。


 疲れを癒す為、お風呂に入る。

 今日は、ナルコの温泉の元を湯船に入れる。

 ナルコは北方にある伝説の温泉郷だ。詳しくは知らない。

 謎に包まれた秘境。いつか行ってみたい。

 きっと緑豊かな山野に囲まれた温泉郷に違いない。

 湯に浸かりながら、ナルコを想い描く。


 あー極楽だぁ。


 お風呂から上がると、ご飯が出来ていた。

 グレイトです。ペンペン様。

 鰻を美味しくいただいてから、僕が帰りに買ってきた大福を、お茶を入れてペンペン様と一緒にいただく。


 食器を洗ってから、歯を磨く。

 布団をひいて床につく。


 眠りに着きながら、毎日少しずつでも進めることが大切だと思った。停滞は後退と同じだと誰かが言っていた。

 違うな。停滞していても時間は進んでいる。僕と一緒に。

 だから、やってもやらなくても決めることが大事なんだ。

 だって決めた責は自分に返ってくるから言い訳できない。

 でも通算70年以上の経験から言うと、面倒な事ほど判断に迷った時はやった方が良い。


 …眠い。…お休みなさい。


 僕は、もう寝るけど、こんな遅い時間まで働いている人もいる。ギャルさん元気にしてるかなぁ。

 頑張ってる人が報われますように。と祈った。



 


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