雷鳴
ブロークン・ドアーズ氏が目前にいる。
最初、寡黙であったブロークンさん。
テンペスト様が話しを聞いている。
テンペスト様は、合槌をうって、「それで」とか、「なるほど」とか、頷いたり、話を促すだけだ。
たまに労ったり、同意したりしている。
話すのは、ブロークンさんだけで、ほとんど話さない。
結局、ブロークンさんが一人で問題提起し、一人で考え、一人で回答を導きだした。
だが最後には、ブロークンさんは、テンペスト様にお礼を言って機嫌良く帰って行った。
気がつけば、聞き取りを始めてから1時間半を過ぎている。
何、今のやりとり?…まるで魔法を見てるようだ。
私の名は、ファーストフラッシュ・アールグレイ・ダージリン。5年前まで、五公の一角を占めていたダージリン本家の生き残りだ。今は東方ギルドの新入社員として、テンペスト様のアシスタントを務めている。
テンペスト様は出入口まで行ってブロークンさんを見送っていた。お礼を言って頭を下げていた。ブロークンさんの姿が見えなくなっても頭をあげなかった。
そして、しばらくして、ようやく上げると、私の方に振り向いた。
そのテンペスト様のお顔を見たとき、私は、…気がついた。
ああっ、そうだったのか……と、腑に落ちた。
魔法ではない。これはテンペスト様の人格の錬磨が成せる技なのだ。
テンペスト様は、ブロークンさんの話を真剣に親身になって聞き、ブロークンさんが本当はどうしたいのかを一緒になって見つけだしたのだ。
いわば、心の探索者。
ブロークンさんとテンペスト様は、一時でも探索を共にした仲間、心を交わした仲間なのだ。だからこそのあのブロークンさんのテンペスト様への態度なのだ。
聴聞とは、他人の心の中に踏み込む作業。
それだけに最低限必要なものがある。
他者への敬い、尊重が形となって現われる、それが礼だ。
だが、私が今見せられたテンペスト様の礼は別格だ。
あれは、一朝一夕で身につく技ではない。
それこそ何十年以上の年月を礼に尽くし磨き続けた結実。
それが、今、私が見たテンペスト様の礼だ。
これは私がどうこう出来る技ではない。
それこそ半世紀以上の人格の錬磨が必要。
私は、お祖母様を思い出していた。沢山の人が相談に来て満足して帰って行った。特に何を言ったわけではない。当時は、あれなら私でもできると思いこんでいた。…恥ずかしい。成長するとは自分の恥に気づくことなのか。テンペスト様の先程のお顔は、あの表情は、お祖母様と、そっくりだった。
簡単に見えるものほど、難しいのだ。
心に刻み、忘れないようにしなければ。
こんな恥ずかしい思いは、もうしたくない。
だが、それにつけても、テンペスト様は、私より歳上とは言え、まだ19歳だと聞いている。どういうことなの?
私は、テンペスト様のお顔を凝視した。
どう見ても、お肌ツルツルで、10代の肌質だ。
「ど、どうしたのかな。ファーちゃん。」
思わずテンペスト様のお肌を、両手で触る。
「ひゃ、なに、なに。あーダメ。」
むう…どう触ってもピチピチの肌で気持ち良い。
偽物ではない。
「テンペスト様は、19歳ですよね?」
「そうですよ。今年19歳になります。」
「すると今はまだ18歳なんですか?」
「満だと、そうなりますね。」
嘘でしょう。解らない。理解不能だ。
テンペスト様のお身体をあちこちペタペタと触りまくる。
「ファーちゃん、止め、くすぐったい、あっ。」
私に…4年であの技を修得出来るのか。いや出来ない。
断言できる。
最終的に、テンペスト様から抱き締められ動きを止められて、お願いされてしまいました。
皆さん、世の中は広いです。
私に理解不能なことがある。素晴らしい…眼から鱗が落ちた思いです。
気分を切り替えて、
「えーと、次の方は、ファニングス・ドアーズ氏です。」
氏の説明をテンペスト様にする。
「ファニングス・ドアーズ。ドアーズ氏族の末端。伯爵とは同じドアーズ姓なので先祖を辿れば繋がってると思われますが遠縁すぎて辿るのは不可能。氏は自らの実力で騎士位を取得されました。建設業を営み、多くの組を従えてます。性格は人情深く、泣き上戸、騙されやすく、親分肌。単純、粗暴で感情的、力で解決しようする傾向あり。趣味は登山、筋肉トレーニング、握力で林檎を握り潰します。体型はマッチョの逆三角体型。夢はインペリアルエベレスト冬山単独無酸素無装備登頂制覇。年齢31歳独身、少女愛好家、好みは大和撫子、長めの黒髪で清楚なタイプ。但しダウンロード記録からは逆の気性の荒い強気のツンデレタイプでもOKです。」
「えーと、ファーちゃん。かなり個人的でディープな情報があるような気がするのだけど…。」
「普通です。」
「そう…普通なら仕方ないね。」
この情報は、ギルドからではない。ダージリン自体は没落したが、我が家を頂点にした情報網は健在だ。
入った当初からファニングス・ドアーズは態度が悪かった。
盛んにヘイロン、ムーランの悪口を言いたて、机を叩く。
自分のことは話さない。舐めている。こちらが少女二人だと思って舐めているのか。
チラリとテンペスト様を見る。
不動だ。テンペスト様は柳の枝のように嫋やかなのに、その心は揺るぎない大樹のようだ。
表情も変わらない。
いや、僅かに柳眉が上がっている。そしてお鼻をヒクヒクさせている。本当に僅かだが。
そう言えば、ギルドの食堂から調理中の料理の美味しそうな匂いが流れて来ている。
ファニングスが大遅刻してきたせいで、始まりが遅く、しかもこの非協力的な態度から進展せず、お昼の時間はとうに過ぎている。
もうすぐ食堂が閉まってしまう。
テンペスト様が、突然立ち上がる。
「ファニングス卿、そろそろ、こちらを試すのは止めてもらおう。あなたも騎士ならば、言葉ではなく堂々と力で決着をつけようではないか。勝った方の言うことをきく。これでどうだ。」
「わははっ、いいぜ。勝負方法はどうする?」
ファニングスさんは、してやったりの顔をした。
では、先程までの頭の悪そうな言動の数々は全部演技なの?
「武器使用では死ぬ可能性があるし、ギルド内で刃傷沙汰はまずい。武器の使用は禁止。それ以外はなんでもありで、降参かこの部屋から出されたら負けでどうかね。」
ファニングスさんは、大喜びだ。
両手を上げて喜んでいる。
やったーとか叫んでるし、なんですか、これ?
その時、部屋に突如、若衆達が大勢入り込んできた。
そして、「若、おめでとうございます。」とか連呼してる。
「ふっ、いいだろう。もし…俺が勝ったら…。」
俺が、勝ったら、何ですか?
「俺が勝ったら、結婚してくれ!」
テンペスト様を恥ずかしそうに見ながら、大声で言うファニングスさん。
あー、そういえば、テンペスト様、ファニングスさんの好みにドストライクだ。
テンペスト様、顔立ち幼いから16、7歳に見えるし。
でも、出る所は出てるし、髪は肩まで届いてないけど、これから伸びるだろうし。
だとしたら、これってプロポーズ?
わー、最悪です。って言うか最低。
周りは大いに盛り上がっている中、私はテンペスト様を見た。
一見して考え込んでいる表情。
鼻が僅かにヒクヒク動いている。
…もしかして、テンペスト様、お腹が空いているのでは。
「いいだろう。…では今直ぐに始めよう。」
え!いいの?もしかして条件まるで耳に入ってないのでは。
ファニングスさん達は、クラッカーを鳴らしたりビデオ撮影始めたり大喜びの大盛り上がりだ。
もしかして、この準備で遅れたんじゃあー…。
「刮目して見よ!」
テンペスト様の声が、雷鳴もかくやの如く轟く。
静まりかえる室内。
呼吸音だけが、静寂の中、聞こえた。
この場にいる全員がテンペスト様を注目している。
エナジーの気流がテンペスト様を中心に渦を巻いているように見えた。
あまりの高エネルギーの奔流に小さな雷がバチバチと鳴っている。
気圧の変化に、室内に薄らと霧のような雲ができ始め、渦となり流れていく。
テンペスト様は、渦の中心で、天に力強く差し出していた右手を、ゆっくりとくの字に折りながら、拳を前に向けた。
まるで、銃の激鉄を起こしたかの緊張を伴っている。
「イカズチモード発動!」
テンペスト様の叫びが炸裂した。
雷鳴が轟き、雷が室内を縦横無尽に駆け巡る。
しばらくして、霧が晴れた時、この場に立っていたのは、テンペスト様と私だけだった。
テンペスト様と2人で気絶しているファニングスさんを、室外に出す。これでテンペスト様の勝利だ。
急いて食堂に向かう。セーフだった。
二人で名物のカツカレーを食べた。
二人で食べると尚更美味しい。
テンペスト様の見えない尻尾がブンブンと振り回されてるのが目に見えるようた。
僅かだか口角が上がっているもの。
それにしても、ファニングスさん達は放置して大丈夫なんだろうか?と質問したら、テンペスト様曰く、アレはエフェクト重視で、ただの雷魔法らしい。要は痺れてるだけだ。
でも、風邪引くといけないから、食べ終わったら起こしに行こうねと言っていた。
さすがテンペスト様…優しい。




