木蘭公主(前編)
私は、ラン・キームン。
第二天の扉市の都市王の末裔、今はトビラ市の五公の一角を占めるキームン公爵の後継者。
5000年以上の歴史を持つキームン家の粋と言われる、キームンの中のキームン、それが私だ。
父上が議会対策で不在の間、我が家の基盤である第七区を預かるのは、この私。つまり私がトビラ市東方の事実上の支配者、すなわち王。
次代の都市王たる自負を持つ私は、現在幾つか懸案事項を抱えている。
重要事項から下らぬことまで、いくつかあるが、比較的下らぬ事項の一つにドアーズとの確執がある。
まだ戦争状態にはなってないが、このまま続けばお互いに損を負うだろう。
いっそのこと潰すか…。
だが、その後が問題だ。
あのドアーズの狸親父め…きっと他の公爵どもと繋がっている。特にセイロン、アッサムが怪しい。
ドアーズも五公より格は下がるが勢力は侮れない。
没落した一伯爵に過ぎないとか、他のドアーズとは遠縁だとか、私を煙に巻いてるが、現にドアーズはバラバラに見えてもヘイロンに対して一致団結している。
ドアーズの名を冠していない、ドアーズグループとも言うべき勢力を含めれば、キームンに匹敵しないまでも対抗できる。
戦えば、他の公爵に漁夫の利を攫われることだろう。
あの狸は、一見弱腰のプライドの無い唯の親父に見えるが、私は騙されない。
東方ギルドの高位職は、キームンの息の掛かった者に占めようと私と父上が画策するも、ことごとく邪魔しおって。
あやつの同期は、失脚させ、殉職させたのに、何故かあやつだけが生き残る。
危険箇所には絶対に近寄らない。
まるで危険が事前に分かっているかのようだ。
どんなに秘匿に努めても何故かバレるのだ。
恐るべき情報収集力だ。
このキームンやヘイロンにも奴の草が入ってるに違いないが、どんなに炙りだしても分からない。
父上からもドアーズの狸親父だけには気を付けろと言われている。
悔しいが私も同意見だ。
奴には私には理解出来ない力がある。
私は奴の力は、表には出ないネットワークの様なものだと思っている。
おそらくドアーズグループは氷山の一角。
その繋がりはトビラ都市郊外、衛星都市までに及んでるだろう。あの[蜘蛛]のように。あるいは奴こそは[蜘蛛]なのかもしれない。
…侮れない。
しかも、今年、東方ギルドに、ダージリンの小娘が入ったという。
政略に敗れ、五公から堕ちたダージリン。
一時は、一族散り散りとなり完全に殲滅したと思っていたが、よみがえったか…。
…面白い。父上は甘すぎた。私の代で殲滅してやる。
だが、これは、ドアーズとダージリンが組んだと見るべきか。
狸の次の一手は何だ?
…
考えていると、東方ギルドに潜伏させてる者から至急報告が入る。
(狸が、[暴風]を西ギルドから召喚)
そうきたか!…あの狸め。
以前、我が家の軍事力を高める為、戦闘力の高い者を調べさせたことがある。
その時の報告によれば、[暴風]は、トビラ都市の表最強の十本の指に数えられ、その気質は自由、誰にも従わず、誰にも屈せず、そして誰にも負けたことがないという。
無敵で不敗。
逆らう者を全て薙ぎ倒し、通った跡は誰も立っている者無し。
まさに暴風、人間自然災害。
ふん、そんな人間いるものか。
一笑にふした当時の記憶がよみがえる。
だって、同じく最強十本指の一つ[殲滅者]の説明では思わず笑ってしまった。
最強の個人など、都市伝説の類だ。現実には無用と打ち切った。
そうか、あの[暴風]か…。
はははっ、面白い、ドアーズの狸め、伝説に頼るか。
東方ギルドから第二報の至急報告が入る。
(狐入院、一睨みで[暴風]に敗れる。)
思わず拳を握る。
狐は、取り立てて強くは無いが弱くも無い。
絡め手で、どんな卑怯な手段を使っても絶対生き残るタイプの強さを持っている。狸対策の為、副ギルド長に据えていた。
直後に執事から、至急の面会を求める者がいるとの連絡が入った。
瞬間、カッとなる。
アポ如きでいちいち私の手を煩わせるか!
だが、待てよ。キームン家に長く仕えるこの執事が無駄なことをするかと、思いとどまる。
ふー。
落ち着いて、誰か聞く。
「電話を掛けて来た方は、東方ギルド職員アールグレイ・ダージリンと名乗っております。面会者は西ギルドのアールグレイ・テンペスト少尉だとか。いかがしますか。」
目を伏せて、執事は私の回答を待った。
…よかろう。
伝説を、私がこの目で確認してやる。
勝負だ。[暴風]
もし、私の期待を裏切るようならば、その場で切り捨ててくれるわ。
「受けろ。今日の昼の会食に招待してやろう。ダージリンには、無礼講であると伝えろ。キームン家に相応しい最高級の部屋で最高級の食事、酒を至急用意しろ。急げ。」
執事が礼をして、静かに下がる。
楽しみだぞ。テンペスト[暴風]に会うのが待ち遠しい。




