唯一冴方法
ラン・ムーランの言葉を吟味する。
条件は、ランちゃんがドアーズと仲良くすることを決定しても、侮りを受けないこと。
貴族というものはプライドの塊だ。
面子を潰されたり、弱腰と見られたり、侮りを受けることは、貴族としての死を意味する。
つまり、ムーランにしても、これ以上は譲れないラインを最初から提案してきた。
ランちゃんて、もしかして良い人?
無礼講と言い、歓待してくれたし、珈琲ゼリーくれたし。
これは、ちょっと、ランちゃんの格が上がる方法を考えなくては。
ランちゃんが喧嘩してるドアーズに詫びを入れて仲良くすると、公爵やヘイロンから、よくやったと褒められ感謝される方法……
… …
……無いな、無い、無いよ、そんな都合の良い方法。
ファーちゃんにも相談してみる。
あー、それですか。みたいな顔をして黙ってしまった。
どうやら、その問題は予測済みだったらしいが答えが未だ出て無いようだった。
煮詰まる。
既に午後3時を回っている。
いろいろあって、僕の脳はオーバーフロー気味。
今日の所は、解散だ。
ファーちゃんに、家に泊まれば良いと誘われたが、丁重に断り、一旦自宅に帰ることにした。
自宅に戻る途中で、スーパーに寄り、鰯を買って帰る。
自宅に戻ると、ペンペン様が出迎えてくれた。
「ふー、私疲れちゃったわ。」ていうような顔して干してくれた洗濯物を指し示す。
そう、洗濯してくれたんだ…ありがとう。
洗濯物を取り込み、畳んで、部屋を片付け、机の上等を拭き取り、掃除機掛けて、風呂掃除してお湯を溜める。
台所が、まるで戦争の後のような状態になっていた。
多分ペンペン様が使ったのであろう。
まあ、ペンペン様、自分でお昼ご飯を作ったのね…偉いね。
ヨシヨシと頭を撫でる。
ペンペン様は、僕が作らないとお昼はお菓子で済ませてしまっていた。進歩だ。
…僕も頑張らなくては。
気合いを込めて台所を片付けよう。
その間にペンペン様にお風呂に入ってもらおう。
諸事情により、僕が実家を出て、この家に住み着くと同時にペンペン様はやってきた。
もしかしたら座敷童のようなものかも知れない。
でもペンペン様は現実に存在する魔法生物だ。
魔法生物は、最初は怪異の一種だと誤解されたらしいが、調査の結果、動物が魔法の影響により進化した姿らしいことが分かっている。知的生物と言う点で、魔物や既存の動物とは一線を画している。
トビラ市の方針として、魔法生物は自由を謳歌している。
猫に対するあり方が一番近いかもしれない。
但し、知的生物なので売買は禁止されている。
魔法生物が現れた直後、捕えて実験や売買しようとした輩が、この世から忽然と消える不思議現象が頻出し、それからは触らず、関わらずの方針だ。
今でも消えた人達は帰って来ない。
魔法生物には、人類の法律や理など関係ないので、自由気ままにアチコチ出入りしている。
そして気にいった所に住み着くのだ。
「ペンペン様、新鮮な鰯が美味しそうだったので買ってきちゃいました。今日の夕飯は、鰯の生姜煮梅風でよろしいですか?」
ペンペン様は鷹揚な態度で、「うむ、よかろう。」と頷いた。
ふと、思う。
もしかしてペンペン様、僕のことを召使いだと思っているのかな?
ペンペン様の両頬を左右に引っ張ってみる。
…柔らかい。
ペンペン様は、「何をするダー!」みたいな顔してジタバタして、僕の手から抜け出し、お風呂場に行ってしまった。
…いや、ただなんとなく引っ張ってみたくなったのです。
それから30分以上掛けて、乾燥機内の食器を棚に戻し、ペットボトル、紙パック等のリサイクル品を片付け、油を固め、鍋、食器を洗った後、お味噌汁とサラダを作る。
フライパンに各種調味料と水、切った生姜を入れておく。
ペンペン様が、「ふー、良いお湯だったわ。」とご機嫌な顔で通り過ぎ、居間でベッドフォンを耳付近にして音楽を聴き始めたので、僕はお風呂に入ることにした。
今日はドーゴの湯の元を湯船に入れる。
ドーゴとは、近年再発見された西方の極楽都市だ。
湯が吹き上がり、都市内を湯が循環して川のように流れて、何処にいてもお風呂に入れるという夢のような都市だという。
いつか、行ってみたい。
頭と身体を洗い、湯船に浸かる。
あ〜極楽だー。
眼をつぶり、今日の出来事に想いを馳せる。
…ファーちゃんとランちゃん…可愛いかった。
…珈琲ゼリー美味しかった。珈琲ゼリーくれるなんてランちゃんは良い人。
…狸さん、後は頼んだぞよ。
…ん、ん、これから、どうしようかな…あ〜極楽だー。
お風呂から上がり、フライパンに火をつけて沸騰させてから、頭と内臓を落として洗った鰯を4匹入れる。
スプーンで煮汁を掛けてからアルミホイルで落し蓋。
10分したら、潰した梅干しを入れて更に3分。
完成だ。
ご飯をつぎ、お味噌汁を注いで、サラダ、鰯をテーブルに出す。さあ、ペンペン様夕飯ですよ。
いただきます。
鰯を一口食べる。
鰯の身が柔らかくてホクホクと口の中で解れる。
美味しい…。
ペンペン様、美味しいね。
(いや…小骨の多いのは、ちょっと…。)byペンペン
じゃあ、ペンペン様作ってよ。
(あ、美味しいです。)byペンペン
そうだね、美味しいよね。
夕食後のデザートは、ランちゃんからお土産に貰った珈琲ゼリーだ。ファーちゃんと半分こして分けても4個ある。
珈琲ゼリーは、ペンペン様の大好物だ。
ペンペン様もニッコリ笑顔だ。
嬉しい。
僕は、人の笑顔を見ると泣きたくなるほど嬉しくなる。
ペンペン様は、ペンギンだけども。
今日は幸せだ。
だから、きっと明日も…